「愛、アムール」85点(100点満点中)
Amour 2013 年3月9日、東京:Bunkamura ル・シネマ、銀座テアトルシネマ、新宿武蔵野館 大阪:シネ・リーブル梅田、名古屋:伏見ミリオン座他全国ロードショー 2012年/フランス/カラー/125分/配給:ロングライド
監督・脚本:ミヒャエル・ハネケ 撮影:ダリウス・コンジ 編集:ナディン・ミュズ、モニカ・ヴィッリ キャスト:イザベル・ユペール ジャン=ルイ・トランティニャン エマニュエル・リヴ

偽善に背を向け、介護を通して愛の本質に迫る

英語圏の映画ではないというのに「愛、アムール」を作品賞にノミネートしたあたりに、アカデミー会員の良心を感じるが、それもそのはず。見ればすぐにわかる、映画の出来という点だけならば、誰が見たってこいつがナンバーワン、である。

パリの高級賃貸住宅で暮らす老夫婦ジョルジュ(ジャン=ルイ・トランティニャン)とアンヌ(エマニュエル・リヴァ)。深い愛情で結ばれた彼らだったが、妻アンヌがあるとき倒れ、半身まひの後遺障害が残ったことで平和で穏やかな日々は終わりを告げる。相談の結果、ジョルジュは妻を自宅で引き取ることに決めるが、老人同士の介護は想像を超える苦労に満ちたものだった。

オープニングから不穏な空気を張りつめるハネケ節で、こいつはただ事ではなさそうだとの思いを観客はまず抱く。

なにしろ実際の映画のほとんどは延々と介護するのみだから、最初に剛速球で注目を集める狙いはよくわかる。ただ、それでもさすがに中盤はダレている。終盤にはふたたび見る者の目を覚ます強烈なパンチが待ち受けているものの、もう一踏ん張りしてほしかったところ。

さて、この淡々とした愛の物語、というか介護物語だが、問題はこいつでハネケは何を伝えたいのかということだ。自分の親のときの体験もベースになっているというから、そこには監督みずからによる発見と、非常に強いメッセージが隠されている事が予想できる。

ミヒャエル・ハネケは間違いなく世界トップクラスの映画作家であり、その人間観察力には大きな期待をしていい。もちろん今回もそれに応えてくれているし、毎度ながら感心させられる主題がある。驚きと、愛に対する考察へのきっかけを与えてくれる。

主題についてはさすがにここに書くわけにはいかないが、多くの人が圧倒されることになるだろう。本当の愛とは、ここまで孤独で、実の子供たちにすら理解できず、入り込む隙もないほどのものなのか。

自分が愛する人に迫られたら、この登場人物と同じ道をたどるだろう。そうするほかはない。頭でわかってはいるが……。愛し合う二人にとって、相手のためになる道は一つだけ。そのほかの道は多かれ少なかれ自分のための道である。自分よりも相手を愛することの難しさと価値は、誰にでもわかる。だからこそ、本作の感動はとてつもなく大きい。

愛の終着点には二人にしか理解できぬ世界があり、これはそこへ到達した夫婦の物語である。なんという孤独、なんという強靭さ、そして美しさ。

その最高到達点は、しかし本当に幸せなのだろうか。そんな考えが頭をよぎる自分は、この領域にたどりつくには未熟するのだろう。それを痛感させられることがしかし、安堵と快感をすら覚えさせるのもまた事実。ここでハネケが描く愛の最終形は、それほどまでに圧倒的である。

時間の密度を濃く、もう少々コンパクトにおさめてくれればという気はするものの、それでも相変わらず見事な人間ドラマを作り上げる。2作連続でカンヌ国際映画祭パルムドール(最高賞)受賞も納得の傑作である。こんなものを出されてしまったら、ほかのものを選べというのは酷であったろう。



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