「草原の椅子」75点(100点満点中)
2013年 2月23日(土)公開 2013/日本/カラー/約140分/配給:東映 原作:宮本輝 脚本:加藤正人、奥寺佐渡子、真辺克彦、多和田久美、成島出 監督:成島出 エグゼクティブプロデューサー:原正人 キャスト:吉瀬美智子 佐藤浩市 西村雅彦 貞光奏風

寂しい大人たちの友情と愛

現代は、FacebookやLINEのような実名SNSが普及することで、友達の維持管理が容易になった。タイムラインを眺めれば、数百人の友人らと広く浅く交流を続けることが簡単にできるわけで、出会いの多い社交的な若者にとってはこれほどありがたいツールはない。

ただ、友達が多いほどしあわせだと盲信するのは10代くらいなもので、年を取るとこの密着感をうっとうしいと思うようになるのもまた事実。中年以降で、ビジネス用途以外でこれらにハマる人が少ないのは、適切な距離感を知る大人の知恵というものである。

「草原の椅子」は、そんな大人たちの友情を描いたドラマ。こうしたテーマの映画は最近珍しく、しかも本作はとてもよくできている。この映画の中で描かれる「友達づくり」とその距離感の心地よさは、成島出監督(「聯合艦隊司令長官 山本五十六 -太平洋戦争70年目の真実-」(2011)、「八日目の蝉」(2011))がまっとうな人間観察を行っており、かつしっかりとした人間描写の力を持っているからこそ可能になったものだろう。

妻と離婚し、娘と二人暮らしの遠間憲太郎(佐藤浩市)。真面目一徹に見えるが、娘が彼氏らしき男と歩いていると思わずつけていってしまうようなお茶目なところがある彼は、あるとき取引先のカメラ店社長(西村雅彦)から突然「親友になってくれ」と頼まれる。押し切られるように了承した遠間には、さらに二つの大きな出会いが待っていた。

この映画には主に3人のさびしい大人が出てくるが、どれも味わい深いキャラクターである。彼ら男女が、一人の虐待幼児の面倒を見るような展開になって、その流れの中で互いのつながりを深めていくような話である。

……と、あらすじを書いてもさっぱり魅力が伝わらないのは承知の上。本作の魅力は、成島監督の間の取り方、そのセンスにある。

たとえば、主人公がえらい美人の骨董品店主(吉瀬美智子)に一目ぼれし、いろいろと知ったかぶりをしつつ皿を購入する場面。その皿にもったコロッケに(皿につかないように)ソースをかける場面。こういう何気ないシーンの間の取り方のうまさといったらない。思わず笑ってしまうし、同時にこの男に共感してしまう。情けないシーンが続出の佐藤浩市が、とてもいい味わいである。

オンナ関係でこれまた醜態をさらす西村雅彦演じるダメ社長もまたいい。筋が通っていても人情がなければだめだというその経営方針には、アベノミクス改(TPP参加)でさらなる格差拡大が予想される今、うなづく人も多いだろう。

現在は、人々が迷っている時代である。

その原因の一つは正しいと信じられてきた資本主義の行き詰まりであり、新自由主義やそれに毒された連中がおかしな価値観を広めているためだ。行き過ぎた競争や成長主義、上昇志向やポジティブシンキングの強制、そんなものが幸福とはほとんど無関係であると誰かが勇気をもって言わねばならない。地球に成長の余地が残り少ないこれからは、上り坂でなく下り坂にこそ楽しみを見出す価値観を持たねば生きづらくなるだけだろう。

この映画の良いところは、そうした迷っている人々に力強く肯定感あるメッセージを伝えてくるところにある。答えは案外単純かもしれない、あなたが歩んでいる道が正解だよと、肩を組んで歩いてくれる。そんな映画である。

人生の苦しみを知る大人にこそ見てほしいが、なかでも子供好きの人に特に大きな満足を与えてくれるだろう。



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