『裏切りの戦場 葬られた誓い』70点(100点満点中)
L’ORDRE ET LA MORALE 2012年11月24日(土)よりシネマスクエアとうきゅう他にて全国ロードショー! 2011年/フランス/134分/スコープサイズ/仏語/日本語字幕:寺尾次郎 提供:彩プロ/カラーズエンタテインミント
監督・脚本・主演:マチュー・カソヴィッツ 脚本:ピエール・ガレ/ブノワ・ジョベール 出演:フィリップ・ブファール マリク・ジティ シルヴィ・テステュー

民主主義の恐ろしさを指摘する

総選挙を前に、日本の政界では裏切りが渦巻いている。

たとえば大阪の弁護士はあっさりと主要政策を変更し、騙されやすい純朴な保守ネット民の期待を裏切った。それならばと彼らが次に支持したのが東京の老作家だが、これまた中国軍部と地主一味の術中にはまり、尖閣で無用な騒ぎを起こして日本企業に大打撃を与えた上、件の弁護士と合流する始末。たったの一週間で沈む太陽とは、天国の裕次郎もびっくりである。

何年も前から両者ともインチキだと言い続けてきた私などは、自らの予測能力の高さに惚れ惚れしてしまうが、人前でカツカレーを食ったり変なコスプレをするのは嫌なので、自民党のスカウト担当者は連絡してこないように。

『裏切りの戦場 葬られた誓い』は、そんな選挙中の政治家の身勝手さを痛烈に批判する戦争映画。フランス政府が直視したくない史実「ウヴェア島事件」を、フランス人のマチュー・カソヴィッツ自ら主演・監督して告発する勇気ある一本である。

ときは1988年。ミッテラン大統領とシラク首相の熾烈な大統領選のまっただ中。フランス領ウヴェア島で、カナック族の独立派から仏憲兵隊宿舎が襲撃される事件が起きる。人質解放の交渉人となった憲兵隊治安部隊のルゴルジュ大尉(マチュー・カソヴィッツ)は、犯人グループとも親交のある現地出身の兵士の意見を聞き入れ、穏便な解決へと話を進めていくが、事件の早期解決を選挙戦に利用しようとする候補者の意を受けた強硬派の陸軍は、敵殲滅作戦を着々と準備していくのだった。

これが日本の籠城犯なら、解散した内閣の総理大臣に退陣を求める意味不明な要求を発した末、居眠りしている間に逮捕される程度だから問題ないが、あちらのゲリラは甘くはない。ジャングルに大勢が身を潜め、下手に近づいたらプロでも殺られる。そんな世界だ。

マチュー・カソヴィッツ監督は硬質な演出で、戦場の容赦ない雰囲気を醸し出す。このほか、事件現場における証言を、その場で現実と回想をシームレスに再現するやり方などは、ユニークなうえにわかりやすい表現である。

さて、いかなフランスとて強硬な意見ばかりではない。この映画の主人公のように、できるなら血を流さず解決したほうがいいと思っている人間も、特に現場では少なくない。だが上層部の身勝手な政治的理由ひとつで、そうした平和的かつ論理的なやり方は簡単に握りつぶされる。本作はそうした現実を前に、必死に抗う男の奮闘を描いたサスペンスでもある。

多くのフランス人、とくにシラク支持者にとっては不愉快な史実だろうが、ミッテランの側近だった現在のオランド大統領の当選前に本作を作ったカソヴィッツ監督は、なかなか気骨ある人物なのかもしれない。

この映画が優れているのは、われわれにとって得体のしれない山賊みたいな過激派以上に、「民主主義」の恐ろしさを指摘している点である。民主主義下の政治家が合理的な判断を下すと、大勢の人の命を奪うようなこともままあるよというわけである。そしてさらなる恐怖は、ああした非道な事件に発展しなければ、現場で起きたことが明らかになることさえなかったのでないかと観客が思い立ったその瞬間から訪れる。

この点、日本では、良いか悪いかは別としてあまりこうした展開に現実味はない。

たとえ右派政治家に見えても当選後には宗主国の言いなり。チワワ並の小心者に変貌するのがわかりきっており、いま威勢のいい事を言っていても1年もすれば再び逃亡してバッター交代となるのがオチである。つまりは、民主主義国ですらないということだ。



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