『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』70点(100点満点中)
EVANGELION:3.0 YOU CAN (NOT) REDO. 2012年/日本/カラー/配給:カラー、ティ・ジョイ
総監督:庵野秀明 監督;鶴巻和哉 キャラクターデザイン;貞本義行 メカニックデザイン;山下いくと アニメーションスタジオ:カラースタジオ プロデューサー:大月俊倫 声の出演:緒方恵美 林原めぐみ 宮村優子 坂本真綾
奈落へと落される
『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』の上映館がとんでもないことになっているとのうわさを聞きつけ、さっそく見に行ってきた。
前作は新宿だったので今回は六本木の状況を把握しようとヒルズの上映館を選んだが、驚くべきことに都内有数のあの巨大劇場が、平日午後1番の回だというのに半分以上埋まるという信じがたい光景を目の当たりにすることになった。
見たところ女性客は少数、男性一人客が多いようだったが、30代程度に見える人が多い。みなさん今日はお仕事お休みですかと、思わず問いたいところだったが言葉を飲み込んだ。
ともあれ、顔がカメラのパントマイムに続く、短い沈黙の間に場内に流れた緊張感と期待の空気を、私は忘れることはないだろう。この空気感を味わうのは、他シリーズでいうならスターウォーズの新作の日本公開初日以来である。
そう、『ヱヴァンゲリヲン』は単なる映画上映を超えた、ある種のお祭りなのであった。それに参加できる喜びを皆1800円で買っている。この幸せな感覚は、いかな傑作といえど他では味わえない。ここに、DVDではなく映画館に人を呼ぶための重要なヒントがあるのであり、業界関係者の注目を集めるところでもある。
衛星軌道上。エヴァンゲリオン改2号機を駆る式波・アスカ・ラングレー(声:宮村優子)と、遠距離から8号機で彼女を援護する真希波・マリ・イラストリアス(声:坂本真綾)は、敵の猛烈な攻撃を受けながらも葛城ミサト(声:三石琴乃)の指揮のもと、統制のとれた作戦行動を進めていた。彼女たちが狙っていたのは捕われた初号機の機体だったのだが、やがて再会したそのパイロット碇シンジ(声:緒方恵美)は、自分の記憶とあまりに異なる世界の変化に衝撃を受けることになる。
いやはや、ものすごいオープニングの戦闘シーンである。いや、シーン構成じたいは決して図抜けているわけではないが、エヴァンゲリオンシリーズでいきなり宇宙戦闘、しかも前作でああなったアスカが鬼のような大活躍という意外性が、先ほど書いた「上映開始直前の異様な期待感」によって増幅され、まさに最初から全力疾走、大興奮といったところだ。庵野秀明ほかスタッフの、これを最初に見せたらたまらんでしょう? とほくそ笑む姿が見えるようである。
シリーズ前作となる『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』は、非常にわかりやすいエンタテイメント志向で、このオープニングのようなアクションに次ぐアクションだった。しかし本作では、その雰囲気をガラリと変える。
端的に言うと、長年のファンに幸福なカタルシスをもたらした前作の直後に、思い切り彼らを叩き落とす。徹底してダウナー志向、それがこの『Q』の大まかな流れである。
これは、本編上映前の短編「巨神兵東京に現わる」(10分)から仕掛けられているように思う。この短編はスタジオジブリによる実写アクションで、現代の東京に「風の谷のナウシカ」に登場したあの巨神兵が現れるという奇抜な内容。
いまどきの映画ながらあえてCGを使わない意欲作で、昔ながらの特撮の雰囲気を残しつつも、林原めぐみ(エヴァでは綾波レイ役)のシリアスなナレーションの効果もあって全編異様な恐怖感を感じさせる佳作となっている。
もともと庵野秀明は、映画版ナウシカのとき、巨神兵登場シーンを任せるため宮ア駿に招へいされた逸話を持つが、この短編はその巨神兵を逆に宮崎駿御大が担当(許諾?)するという、巨匠の恩返し的な意味合いを持っている。
ともあれ、破壊と創生というテーマは新劇場版とも共通しており、そこにはエヴァ総監督庵野秀明の意志が感じられるわけである。
話は『Q』に戻るが、本作におけるシンジの境遇はひどいの一語に尽きる。テレビ版ではグズグズキャラで、見ているこちらがイライラしたものだが、『Q』の彼にはさすがに同情する。
アスカからのおなじみの呼称「バカシンジ」はさらにひどいものにグレードアップされてしまうし(これは案外快感かもしれないが)、久々に会ったお父ちゃんなどは開口一番「新しいエヴァに乗れ、話は以上」とそっけないにもほどがある。
この映画におけるゲンドウは、チャーシューを抜いたニンニクラーメン、すなわちツンデレのデレ抜き状態そのもの。ここまでくるともう児童虐待であり、人権擁護委員会が動き出すレベルである。
さらにショックなのは、変態揃いのエヴァキャラの中で唯一ノーマル(に見える)で、一般客の感情移入を引き受ける役割を果たしていたミサトの態度が豹変してしまう点である。本作の彼女は、半裸でビールを飲む姿などまったく想像できない、冷たい軍人そのものだ。
ここにいたり観客(とシンジ)は、最後の希望を奪われ奈落の底に叩き落とされることになる。
そのどん底でシンジが出会うのが渚カヲル(声:石田彰)で、彼との連弾シーンはシリーズ屈指の名場面となっているわけだが、この幸福感あふれる出会いはシンジに希望をもたらすのか、それとも……。ぜひとも注目してほしい。
本作では14年という数字が重要な意味を持つが、それは前シリーズが完結した「新世紀エヴァンゲリオン劇場版 DEATH(TRUE)2/Air/まごころを、君に」(98年)から本作までの期間と同じでもある。偶然ではもちろんないだろう。アスカの名字が空母から駆逐艦のそれに変更されたことも、当然ながら意味を持っているに違いない。そうした謎のすべては、次の完結編で明らかにされる。……と思いたいが、庵野監督のことだからどうなるかはわからない。
世界の存続を求める人たちと、ガラガラポンを進めたい人たち。庵野監督が選ぶのははたしてどちらなのか。
なにやら今の政局のようになってきた新劇場版だが、そんな風にたとえられるほど普遍的なテーマに挑んでいるという事だ。
近年の日本映画ではまさに異色で、かつ大成功しているこのシリーズ。ここまで付き合った人々は間違いなく最後まで見届けてくれるだろう。ここでこれだけ落としたということは、作劇の常識としては次のラストで思いっきり持ち上げて感動を与えてくれるはず。個人的にもスッキリ終わらせてほしいところだが、いずれにしても期待度は頂点に達した。
採点は、本来シリーズ終了までできるものではないが、前作と比較しアクションシーンや音楽、演出がことごとく地味なこと(あえて抑えた計算もあろう)、一見さんやライトユーザーを振り落しているとっつきにくさ、予習がなければシリーズファンでもついていけない新用語の羅列と新展開、あくまで次へのつなぎ以上になれない3作目の宿命からこのあたりに抑えてみた。決して物足りないという意味ではない。早く完結編を見てみたい。