「メリダとおそろしの森」30点(100点満点中)
Brave 2012年7月21日(土)2D/3D同時公開 (TOHOシネマズ日劇他)デジタル3D 2012年/アメリカ/カラー/94分/配給:ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン
監督:マーク・アンドリュース 脚本:ブレンダ・チャップマン、アイリーン・メッキ 声の出演 ケリー・マクドナルド エマ・トンプソン ケヴィン・マクキッド ロビー・コルトレーン ジュリー・ウォルターズ ビリー・コノリー

ピクサー初の女性ヒロインというが

先日ヤンキースへとトレードされたイチローだが、あのマシーンのような彼でさえ三振をする。10割打者の異名をとるピクサー社製作のアニメーション映画がダメ映画を作ったとしても、考えてみれば不思議ではない。

おてんばな王女メリダ(声:ケリー・マクドナルド)は、早くも結婚を決めようとする保守的な母親エレノア(声:エマ・トンプソン)と口論ばかりしている。自分をわかってくれないいらだちから、メリダは森の中の魔女へ軽率な願いをしてしまう。その結果、なんと母親は熊の姿に。魔法をキャンセルできる期限が刻一刻と迫る中、メリダは再び母親を取り戻すことができるのか。

ピクサー社は一つのアニメーション作品に3年から5年の月日をかけて制作する。つまり、複数の製作チームに分かれているわけで、チームによって作品にムラがあるのは当然。「Mr.インクレディブル」や「レミーのおいしいレストラン」といった、比較的評価の低い作品にもかかわってきたマーク・アンドリュースの長編初監督作品である本作も、そのムラの側に入ってしまった。

ピクサー発の人間の女性キャラが主人公である本作は、スコットランドを舞台におとぎ話のような物語が展開する。そんないくつもの初挑戦をしたにもかかわらず、ピクサー史上一二を争う凡作となっている。

家族至上主義時代のアメリカらしく、この映画も母と娘のドラマになっている。熊となった母の姿を元に戻そうとする娘。それはいつも喧嘩ばかりだったはずの関係を、死に物狂いで取り戻そうとする仲直りの物語である。

ストーリーは何の変哲もない予定調和そのものであるが、この脚本の問題点はまず、最も重要な母親をとり戻す部分に工夫も含みもないこと。舞台となる世界観も含めてルールが適当で、どこかぼやけている。ピクサー作品の場合、一見子供向け作品であっても計算づくの伏線を張り、それを地道に回収していく丁寧なつくりが長所であるがそれがない。

そして何より彼らの最大の武器、徹底的に考え抜かれたキャラクター設定、ここが甘い。たとえばメリダは、最後まで見ても単なるわがままな未熟者以外の何物でもない。そんな彼女が予期せぬみずからの失敗に焦り、少々懲りただけの話である。人間ドラマ、王道の成長物語としてもおさまりがよくない。

彼女はこの国きっての弓矢の名手という設定だが、それも生かされていない。これを存分に生かした激しいアクションが後半に準備されるのかと思っていたが、この映画にその手の爽快感を期待しても無駄である。

美術の良し悪しは別として、舞台となる薄暗い森をチープなサングラスをかけた3Dで見続けるのもあまり楽しいものではない。

結局のところ、ストーリー、テーマ性、そして何よりキャラクターの三本柱がどれも立ち腐れ、信じられない程に完成度が低い。

製作中、途中で監督が交代したという報道がなされたが、どうやらそれが致命的なダメージを作品に与えたことは明白である。



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