「アメイジング・スパイダーマン」85点(100点満点中)
THE AMAZING SPIDER-MAN 2012年6月23日(土)、24日(日)世界最速3D先行公開決定! 2012年6月30日(土)、TOHOシネマズ日劇ほか世界最速3D公開 2012年/アメリカ/コロンビア映画提供/配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
監督:マーク・ウェブ 脚色:ジェームズ・ヴァンダービル、アルヴィン・サージェント、スティーヴ・クローヴス 出演:アンドリュー・ガーフィールド エマ・ストーン リース・イーヴァンズ サリーフィールド マーティン・シーン

泣けるスパイダーマン

サム・ライミ監督の降板をきっかけに、大ヒットシリーズである実写版スパイダーマンは一からやり直すことになった。キャストも一新、主人公ピーター・パーカーの高校生時代をじっくり描くという、ドラマ重視のコンセプトとなり、監督もマーク・ウェブ(「(500)日のサマー」(2009))が抜擢された。知名度も実績もかなり劣る面々となったわけだが、それでもふたを開ければドラマ性とエンターテイメント性を高いレベルで両立させたなかなかの傑作であった。

高校生のピーター・パーカー(アンドリュー・ガーフィールド)は、両親が8歳の時に失踪したことが心の傷となっていたが、心優しい叔父夫婦と幸せに暮らしていた。そんなピーターは、あるとき父親の同僚だったコナーズ博士(リス・エヴァンス)の研究室で、特殊なクモにかまれてしまう。

下敷きにした原作自体も前シリーズとは異なるため、ヒロインはMJからグウェン(エマ・ストーン)に変更。恋人との関係は変身前から結構なラブラブ状態、との違いがあるが、基本的にはおなじみのスパイダーマン誕生秘話から描かれる。

しかしここは、前シリーズ以上にドラマチックに演出される。今回スパイダーマンが真の意味で誕生するのは、よく伸びるスーツを夜なべのミシンで縫い上げたその時ではもちろんなく、初めて他人の救出作業を行ったその時、である。

スパイダーマンことピーターは、最初の悪者を見逃した時、とりかえしのつかないものを失ってしまうことが誕生の直接の原因となっているわけだが、だからこそこの「誕生」の盛り上がりは相当なものがある。

この、橋上の迫力ある救助シークエンスは、映像的な見せ場としても本作一二を争う名場面。ここで彼が初めて名を名乗る瞬間、ヒーローとしてのスパイダーマンが誕生し、観客は涙する。同時にここは、終盤への重要な伏線にもなっている。

主人公ピーターは、この新シリーズで父親ではなく自分探しをする。この映画のテーマは明快で、若者の自分さがしと、それを見守る大人たちの責任について、だ。その根底には、毎度おなじみ近年のハリウッド映画のトレンド「家族礼賛・無条件賛美主義」とでもいうべき思想がたくさん盛り込まれている。

その視点を持って遠くから眺めると、この映画の中には広い意味での父子関係がいくつも描かれていることがわかる。ピーターと叔父、グウェンとその父、グウェンの父親とスパイダーマン(あるいはピーター)、そして救助される子供とその父親(C・トーマス・ハウエル)。最後にもう一つあげるなら、NY市民とスパイダーマン。

それらの関係の中で繰り返されるのは、親は子を無条件で支え続け、認め肯定するという、そういう切ない存在なのだ(=そうあるべき)ということ。だから親から子への願いは本作の中ではほとんど聞き入れられず、時にはそれが原因で親が命を失うことさえある。わざわざラストで意図的に強調されているように、親は子にかたき討ちすらしてもらえない、それでも支え続けるのが親の責任なんだよと、そういう事を言っている。そのおかげで子供は自分探しの旅を完了するのだと。

この考え方については、多くの人々、特に親世代は共感するだろう。子育て中の親御さんにぴったりな映画である。

このテーマがもっとも色濃く出ているのは、NY市民とスパイダーマンの関係性において。本作のニューヨーク市民たちは、スパイダーマンにただ守られているだけのか弱き存在ではない。NYが生んだ息子というべきスパイダーマンのために、自分たちもできることをしてやるんだと言わんばかりだ。そこでアップになる誇らしい星条旗が思わず苦笑を誘う。

こうしてみると、親というものはなんだか報われない存在だが、それでもちゃんと子供のためになっているわけだ。父親がいないピーターは、誰よりも父が子を思う愛情の深さを理解している男。だからこそ、グウェンの父親の気持ちもよくわかる。それが痛いほど観客にも伝わってくるから、最終局面の選択は涙を誘うし、ラストシーンの幸福感も倍増する。



連絡は前田有一(webmaster@maeda-y.com 映画批評家)まで
©2003 by Yuichi Maeda. All rights reserved.