『ガール』5点(100点満点中)
2012年5月26日(土)全国東宝系ロードショー 2012年/日本/カラー/2時間4分/シネマスコープ/ドルビーSRD  配給:東宝
原作:奥田英朗(講談社刊) 監督:深川栄洋 脚本:篠崎絵里子 キャスト:香里奈 麻生久美子 吉瀬美智子 板谷由夏 上地雄輔 要潤

1800円で不愉快を買う

女子力のバイブルなどと称される奥田英朗の同名原作を映画化した本作は、すべてに本気でがんばるGIRLたちに贈る、とのキャッチコピーがついている通り、女性たちに向けた女性映画である。

会社も仕事もバラバラながら、気の合う女子4人組。29歳から36歳まで、多感な年ごろの彼女たちは、ファッションに結婚、子育てとそれぞれ複数の悩みを抱えながら、やりたいこととの両立に前向きに頑張っていた。そろそろギャル系ファッションが似合わなくなってきた由紀子(香里奈)、年下の男性部下をうまく使えない聖子(麻生久美子)、一回り年下のイケメン新入社員に心ときめかせる容子(吉瀬美智子)、はれ物に触るような周りの態度が気に入らないシングルマザー孝子(板谷由夏)。ガールたちの悩みは皆それぞれだ。

この映画に出てくる4人のヒロインは、そろいもそろって幼稚で傲慢で馬鹿。これが世の中の女性の共感先というのならば、この映画の作り手や原作者は女性というものをバカにしすぎである。

だいたい、こういう人間いるよね、アナタのまわりにもいるよね、を描くだけでは人間動物園と変わらない。しかもそこで展示されるのが珍獣ばかりでは、これを見る女の子たちは「自分たちは世間からこんな風に見られているのか」とたまらないものがあろう。1800円で購入する鏡としては、あまりにも残酷だ。

これは、お客さんが共感するポイントを脚本家と監督がしっかり作りこんでいないことが原因といえる。

例えば由紀子の場合なら、ファッション好きになったきっかけである母親との思い出。あるいは他のキャラクターであれば、自分の子供であったり元夫との関係。そういったキャラクターの生い立ちに関わるエピソードにシリアスなものを織り交ぜることで、人間味を出していかないといけない。

たしかに痛々しくてバカだけれども、そうした人間味があれば人々は共感できる。にんげん、誰もがダメな部分を持っているのだから。

そういった丁寧な仕掛けをしていないから、この映画はただの馬鹿女の狂宴になっている。せっかくのコンセプトもこれでは不発だ。

加えて相手役の男たち(年下イケメン、格下夫、仕事のライバル、KY彼氏)のキャラクターにことごとくリアリティがないのも問題。彼らがさしたる物語上の説得力もないままにヒロインたちに屈服し、全面的に肯定する展開は、ご都合主義すら通り越してほとんどファンタジーの域に達している。

唯一興味深く思うのは、この豪快展開にみられるように、いまどきの女性たちがいかに肯定されることに飢えているか、それを知ることができる点である。

仕事で、自己実現で、ファッションで、とにかく認められたいあたし、というわけである。他人の評価を気にする人は、幸福になれるかどうかを他人にゆだねているわけで、一生幸福を自分でコントロールできない。本当に気の毒である。

このドラマを見ていると、一見立場の強そうな女性たちのあまりの弱さに同情したくなる。結婚出産だけが幸せではないと強がってみても、生物の根源的幸福感というべき王道には決して対抗できないことを、彼女たちは薄々感じている。だからその反論の糧となるものがいくらでも欲しい。そこでこういういびつな価値観の映画が生まれてくる。

いずれにしてもこういうコンセプトの作品は、はたからみて「終わっている」女性たちを安心させる以外の目的はないのであり、そこに特化した内容にしなくてはならなかった。

なんにしても、聖子のエピソードのラストはひどい。彼女がやっていることは単に秩序を乱す行為そのもので、あれを痛快と認識しているようでは、この話を考えた人の感覚はかなりおかしい。想定される客層と全くかぶっていない私があれこれ言うのもまた、余計なお世話以外の何物でもないわけだが。

 
ガール (講談社文庫)
原作。賛否両論?
「イタい女」の作られ方 自意識過剰の姥皮地獄 (集英社文庫)
インターネットの人たちはなぜか女性叩きばっかり。本当は大好きなのにね。
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