『幸せの教室』60点(100点満点中)
Larry Crowne 2012年5/11(金)、TOHOシネマズスカラ座ほか全国ロードショー 2011年アメリカ映画/ 1時間38分/ドルビーSRD/シネスコサイズ 配給:ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン
監督・製作:トム・ハンクス 脚本:トム・ハンクス、ニア・バルダロス キャスト:トム・ハンクス ジュリア・ロバーツ ブライアン・クランストン セドリック・ジ・エンターテイナー パム・グリア

中高年のための学園もの

『幸せの教室』は、世にも珍しい中高年向き学園ムービーである。アメリカにおけるこの映画の客層は、過半数が50代以降。これは極めて珍しい事態といえる。

本作はトップスターのトム・ハンクスが自分の好きなものをぎっしり詰め込んだ映画で、自分と同世代以上の観客を強く意識したであろうつくりになっている。だからハリウッド的な能天気なオチにはならないし、そういったところが、子供じみた映画に飽き飽きする観客を映画館に呼び寄せることに繋がったのであろう。映画館に知性ある中高年をまったく呼べない日本の映画企画者にとっては、これは必見の一本である。

ラリー・クラウン(トム・ハンクス)は長年つとめたショッピングモールを首になってしまう。再就職のためコミュニティーカレッジに通いだした彼にとっては、どこかやる気のない教師メルセデス(ジュリア・ロバーツ)のスピーチ授業も含め、すべてが新鮮。若い同級生たちとも積極的につきあう彼の世界は、日に日に大きく広がってゆくのだった。

短大に通っていた自分自身や、友人の体験をふんだんに盛り込んだストーリーは、ディテールゆたかで リアリティがある。生涯学習に興味ある人にとっては、いろいろと考えさせられる、刺激に満ちた作品だ。

学歴を理由に長年の職をリストラされる冒頭の展開は、いまやアメリカのあちこちで見られる光景。だが、家を失うかもしれない不安の中でもコミュニティーカレッジ(自由度の高い短大のようなもの)に通い、新しい出会いと知識に感動する主人公の姿は、とても幸せそうだ。

明らかに人生有数のマイナス出来事に直面しているのに、なぜ彼はそう見えるのだろう。

こうしたキャラクターを、全米屈指の大成功者が演じているのを見て頭の片隅で白々しく思いつつも、そんなことを考える。

人がなにをもって幸せを感じるかは、最近の心理学が相当部分解明しており、少なくともカネが第一条件ではないことは明らかなようである。衣食住を得る程度の金は大事だが、それ以上あっても幸福度を増してくれるとは限らない。これは科学的事実である。

それよりもこの映画の主人公のように、身近なコミュニティーに深く関わったり、趣味を楽しむということのほうが重要とのことだ。

しかしそうはわかっていてもどこかそれを素直に受け入れられない。ひねくれた自分がいるのもまた事実。こういう面倒くさい観客を満足させるのは、我ながら難しいと思う。私に見られる映画を作る人たちはじつに気の毒だ。

ところがその点この映画は、能天気にポジティブ思考を皆に押し付けてご満悦な、そこらの浅い映画とは違う。

たとえば主人公が、「リストラされたって人間生まれ変われる」などと、一見いいことを言っているようで偽善者的なきれいごとを言い放つと、即座に隣の黒人が「あんたは白人だし独身だからだ」と切り返す。

能天気なポジティブシンキングに共感できない観客も、この黒人のセリフには大いになづくであろう。こうしたところがトム・ハンクスの知的なところである。ちなみに彼はこの映画で、監督製作脚本主演と八面六臂の大活躍だ。

実際には、中年オヤジの新入生にこんなに親切にするクラスメートも教師もそうそういまい。世の中、そんなにいい出会いばかりではない。だが、そうした観客のプチ疑念を、監督はこうした的確なやりとりを挟むことでうまく吸収してゆく。

主人公の努力はすぐには報われない。決して単純なハッピーエンドにもならない。だがしかし、だからこそその挑戦や、努力の価値について、観客は素直に共感できるのである。

さすがトム・ハンクスは映画づくりの肝をよくわかっているし、大人の観客が最近の映画に感じているストレスを見事に解消させることに成功している。

日本でも、ジャニーズやらマンガ原作の子供っぽい映画にどうしても出かける気にならない、かといって年寄り向けといいつつ年寄を馬鹿にしている健全NHK的ドラマ映画も冗談じゃねぇ、という中高年の方はたくさんいる。そんな人たちは、迷わずこの映画に行くといい。

アメリカ・コミュニティ・カレッジの補習教育
日本もこういうのが増えるといいですな。
大人の学校 入学編 (静山社文庫)
淀川大先生の授業が聞ける。


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