『宇宙兄弟』60点(100点満点中)
2012年5月5日(土)全国東宝系ロードショー 2012年/日本/カラー/129分/配給:東宝
原作:小山宙哉「宇宙兄弟」(講談社週刊モーニング連載) 監督:森義隆 脚本:大森美香 VFXディレクター:古賀庸郎 キャスト:小栗旬 岡田将生 麻生久美子 堤真一

はやぶさよりは高く飛んだが

何十番煎じだからやめとけばいいのに各社そろってはやぶさ美談に手を出し、枕を並べて討死にしている今日この頃。邦画最大手の東宝だけは、そんな使いふるしの題材には見向きもせず、人気コミック「宇宙兄弟」を映画化した。

しょせん、良くできた事実にフィクションは勝てない、勝てるだけのフィクションを作る能力も今の映画界には望み薄。ならばそこそこのフィクションで勝負しようじゃないの。そんな身の程を理解したかのごとき選択は、少々さびしいが正解である。さすがボックスオフィス独占が当たり前の、最強の映画会社だけのことはある。

小さい頃、UFOをみてから宇宙飛行士を目指そうと誓い合った兄弟。その弟ヒビト(岡田将生)は2025年、みごと夢をかなえて月へと飛び立とうとしていた。一方兄ムッタ(小栗旬)は職を失うどん底状態。だがそこに、なぜかJAXA(宇宙航空研究開発機構)から覚えのない宇宙飛行士選考通過の通知が届く。

JAXA、NASA双方からの協力を取付けたことで、日米に跨るスケールの大きな原作をコンパクトに映画化することに成功。本物とセットを違和感なく繋げた映像は、日本発の宇宙映画としてはなかなか本格的。それでも時折ビデオ感丸出しのチープな映像が混じっているのはもったいない印象。

この映画はそこに、いかにも日本人好みの泥臭い兄弟ドラマを仕込んである。感激するような出来の脚本ではないが、子供から大人まで退屈しない程度には仕上がっている。正直なところ、森義隆監督の前作「ひゃくはち」(2008)は邦画屈指の傑作だったために個人的には期待外れ感のほうが大きいのだが、それでもそつなく作ってきたのはさすがである。

この映画は基本的にフィクションであるから、実話を無理してお涙ちょうだいに仕立てたはやぶさシリーズ(いやシリーズじゃないか)よりは、はるかに素直に共感できる。

問題点として、少年時代と現在を何度も行ったり来たりする構成はあまり必要性と効果を感じない。両者の映像の質感が同じというのも芝居がかっていていただけない。色合いを変えたりスローモーションを多用して過去をノスタルジックに見せる工夫をしていれば、ラストはさらに感動を増しただろう。

主演の2人は演技力も役作りもしっかりしているし、堤真一や麻生久美子ら周りを固めるキャラクターも血が通っている。このあたりはさすが原作がある強み。映画の終盤、月面でトラブルに巻き込まれる弟に対し、地球の兄には物理的に手も足も出ないはずだがきっと何かできると観客に感じさせた。このあたりの演出はうまい。あの落ちにしても、ヒューストンならすぐに気付くのだろうが決して観客に気付かれてはいけない。そこをクリヤーしているために、いい具合にスリリングな見せ場となった。

兄弟間の確執だの成長を描く時間は無かったか、二人の仲がえらく良すぎて現実感が薄い点は気になるが、駆け足の映画化なので仕方がない。少なくとも、宇宙に興味を持ち出した小学校低学年の男の子を連れておじいちゃんが見に行く程度の役には立つ。はやぶさ3兄弟よりは、まだ宇宙兄弟の方を私はおすすめしたい。



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