『容疑者、ホアキン・フェニックス』55点(100点満点中)
I'M STILL HERE 2012年4月28日(土) シネマライズ他 全国順次ロードショー! 2010年/アメリカ/英語/カラー/ 108分/35mm/ビスタサイズ/ステレオ 配給:トランスフォーマー
監督・製作:ケイシー・アフレック 撮影:ケイシー・アフレック / マグダレーナ・ゴルカ 出演:ホアキン・フェニックス アントニー・ラングドン ケイリー・ペルロフ ラリー・マクヘイル ケイシー・アフレック ジャック・ニコルソン

≪途中でばれてしまってはすべてがパー≫

純粋な人ほどだまされやすいとよく言われる。自称情報強者な人たちでさえ、純度が上がればバカ度も上がる。韓国がねぶた祭りの起源を主張と聞けば沸騰し、自衛隊の戦車にウィンカーがついているのは平和憲法のせいだと激怒する。デマや誤報を疑うことすら忘れている。

『容疑者、ホアキン・フェニックス』を見たのがもしこうした人たちばかりだったならば、もっと長く人々をだまし続けることができただろう。

アカデミー賞2度のノミネートを誇る名優ホアキン・フェニックスが、突如引退を表明した。その後彼は、うまくもないラップでミュージシャンを目指すなど奇行を繰り返し、世間からはトチ狂ったかとさえ思われていた。そんな彼を見守り続けた親友のケイシー・アフレックは、その様子をカメラに納め続けるのだが……。

すでにネタがばれているのであえて書いてしまうが、この映画はモキュメンタリー、すなわちドキュメンタリーふうに作った劇映画である。

このネタばらしが行われたのは公開後であり、アメリカではそれなりに話題になった。ホアキン・フェニックスは、友人で親類でもあるケイシーアフレックに協力を依頼し、2年間の時間と数億円の私財をかけて全世界をだます実験を行った。具体的には、俳優業を引退しラップミュージシャンとして再デビューするとの構想を世界に発表したのである。これは、その2年間の様子をドキュメンタリー風にまとめたもの。

この件に関する過去の関連記事等を見ると、彼の突然の引退を驚きを持って報じている。テレビのトークショーでこの件を語った際のホアキンは、明らかに会話が成り立っておらず態度もおかしかったことから、兄のリヴァー同様、麻薬におぼれたなどとささやかれる始末であった。その様子は、この映画にも収録されている。

むろん、そのすべてが彼の演技であり、彼は2年ものあいだ世間をだまし続けた。

だがオスカー候補にまでなった演技力と比し、そのラップときたら余りにもひどい代物。これはどう考えても狂言ではないかとの声は、じつはかなりの初期から上がっていた。つまり、彼の試みは見抜かれていたのである。2年間も新しい仕事を受けず、莫大なカネをつぎこんで映画まで作ったというのに。これではアカデミー俳優の敗北、オスカー涙目。情けないにもほどがある。

この時点でこの企画は失敗に終わったようなものだが、そもそも彼はなぜこんなことをしたのだろう。

本人によると、リアリティーショーを信じる視聴者が多いことを聞いて、では最初から意図的に人々をだましてみたらどうなるかとこの映画を企画したらしい。

そんなわけでこの映画は本来、リアルタイムでだまされ、あるいは懐疑的になりながら騒ぎそのものを楽しんだ人が勝ち。全てのネタがばれている現在、日本人がこの映画を見てどこまで楽しめるかは極めて疑問である。正直なところ、日本公開すら厳しかったのではないか。ホアキン・フェニックスの知名度自体、一般人には誰それといったレベルであろう。

それにしても、こんなに大金をかけてバカをやるセレブがいるというのは、なかなか貴重。そんなアメリカ人がうらやましい。そうでもないか。

世の中、奇行に走るセレブは数多い。あえてそういう連中のまねをして、周りの反応を冷静に見る。そんな実験の結果、ホアキンは何か得るものがあったのだろうか。

それを何より聞いてみたい──というか、そこを知らなきゃこの映画を見る意味がない。観客にそれを知らせる責任が、この映画の監督とホアキン・フェニックスにはある。そうでなければ単なる内輪のイタズラになってしまう。この映画が、意義ある社会的実験になり上がるためにはそこが大事であった。

今の完成度のままで公開しても中途半端。大金かけたセレブのお遊びに付き合う余裕は、忙しい日本人にはないんだよホアキン君。

ウォーク・ザ・ライン~君につづく道
やっぱりあの下手なラップは演技なんだろうね。もともと歌下手じゃないんだから。
だましの手口 (PHP新書)
何かとだまされやすいネトウヨのみなさんは必読。


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