『テルマエ・ロマエ』95点(100点満点中)
2012年4月28日(土)全国東宝系ロードショー 2012年/日本/カラー/1時間48分/シネマスコープ/ドルビーSRD 配給:東宝
原作:ヤマザキマリ 脚本:武藤将吾 監督:武内英樹 出演:阿部寛 上戸彩 北村一輝 竹内力

≪ラスト1秒まで楽しめる日本とローマの友好映画≫

バブル時代は世界中で日本人ほどマナーの悪い国民はいないなどといわれたものだが、最近ではその座を中国人に明け渡し、日本人はむしろ公衆マナーが良いなどといわれている。とくに入浴の場でそれは顕著である。下町の銭湯などには代々受け継がれた暗黙のルールのようなものがあり、はしゃいで場を乱す者は一人もいない。

もっとも最近の若者には、下半身丸出しでお守りを売るラグビー部員などもいるようなので例外はあるが、往々にして日本人は裸のマナーが良い。

そんな、普段は隠れている日本の良さを実感できる映画が「テルマエ・ロマエ」だ。今年のゴールデンウィーク最大の話題作にして、私が最高傑作と考えるこのコメディーは、日本文化を大好きな人はもちろん、最近の政治や行政のていたらくで日本に愛想をつかし始めた人にも見てほしい、愛国的娯楽映画である。

古代ローマの浴場技師ルシウス(阿部寛)は、保守的な設計思想が受け入れられず悩んでいた。そんな折、何かの偶然で現代日本の公衆浴場にタイムスリップした彼は、その合理的な設計や美的センスに衝撃に近い感銘を受ける。古代ローマにもどったのち、それを再現した彼のテルマエ(公衆浴場)は革命的だと大ヒットし、ルシウスは復権するのだが……。

当時の覇権国家であるローマの誇り高きテルマエ技師が、てっきり属州・奴隷と思い込んでいた現代日本の高度な文明と文化にショックを受けまくるコメディー。阿部寛演じる生真面目なルシウスが、われわれ日本人としてはとるにたらないアレコレに、いちいち驚く姿が面白い。

ウォシュレットや温水シャワー等、どう考えても古代ローマでは無理そうなものを、微妙に間違ってマネするあたりもチャーミングでまた笑える。

こんなおバカなギャグ映画だが、イタリアのチネチッタで撮影した古代ローマのセットは見事なもので、邦画でもこのようなスケールの大きな作品がとれるのかと驚かされるほど。当たり前のように外人俳優に混ざって顔の濃い日本人俳優がローマ人を、それも日本語で演じているシュールさも、いつの間にか慣れてしまう。

このあたりは、武内英樹監督が前作「のだめカンタービレ」でも試した要素を発展させたものだが、この原作に見事にはまっている。

漫画版も相当面白いのだが、古代ローマと日本という、時代も雰囲気も違う二つの世界を行き来するダイナミズムは映像向きで、かつ監督の腕がさえていたため、今回ばかりは私も映画版のほうを推す。

その映画オリジナルキャラクターとして上戸彩が日本人ヒロインを演じているが、日本側キャラクターをほとんど描いていない原作と違って、彼女が古代ローマに深く関わっていく展開は、賛否両論はあれど物語としてのまとまりはすこぶる良い。上戸のコメディエンヌぶりも板についているし、エンドロールでは隠れ巨乳の入浴姿も披露してくれているので、何はともかく私は許す。

なにより覇権国家の誇り高きエンジニアと現代日本の派遣社員の友情というのも、同じハケンとはいえシャレがきいていて面白いではないか。

現代は、日本人が自信を失っているうえに、自分の国に嫌気がさしている時代だ。増税仕方がない、再稼働仕方がない、給料下がるの仕方がないと、筋の通らぬことにものをいう気力すらなくしている。そういう奴らを前にしたら、大喜びでヒップの毛までむしってやろうと考えるのが世界の常識である。こんなことでは国が亡びる。

こうしたときに、ふるさとのよさを再確認させてくれるこの映画のような作品は、大いに存在意義がある。

惜しむらくは、日本側がローマに影響を与えるばかりで、古代ローマから日本が学ぶ展開がないこと。原作にはそうしたエピソードもあるので、これは続編の方でぜひ採用して欲しいところ。そうすればこのシリーズは、日本のみならず、ヨーロッパの人々にも堂々と見せられるようになる。東宝はこの1作目をイタリアで広めたいようだが、私はそれには賛成しない。

ラストシーンは、まさかそこでロケかと思わせる意外性を楽しめる。その大胆さに最後の一笑いをして、とても気持ちよく家路につけるだろう。



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