『アーティスト』75点(100点満点中)
The Artist 2011年/フランス/100分 配給:ギャガ 2012年4月7日(土)シネスイッチ銀座、新宿ピカデリー他全国順次公開
監督:ミシェル・アザナヴィシス 撮影:ギョーム・シフマン 美術:ローレンス・ベネット 出演:ジャン・デュジャルダン ベレニス・ベジョ ジョン・グッドマン

≪あらゆる用途に使える万能選手≫

古いが新しい映画「アーティスト」は、もしこの世に出るのが数年ずれていたならは、これほど評価されることもなく、とくに米国では忘れさられていた可能性がある。

1920年のハリウッド。トーキー移行期の中、サイレント映画のスターであるジョージ(ジャン・デュジャルダン)は時代に取り残されつつあった。一方、新人女優ペピー(ベレニス・ベジョ)はトーキーの波に乗りスター街道を駆け上っていくが、落ちてゆくジョージが常に気がかりであった。彼女はエキストラ女優時代、ジョージに親切にしてもらった恩を忘れていなかったのだ。

現代でもサイレント映画は作られている、または企画されているが、そのほとんどは陽の目を見ない。なぜなら世のニーズに合致していないからであり、同様に「アーティスト」も当初は資金集めに苦しんだ。しかしプロデューサーが自腹を切って企画を進めた結果、あれよあれよと賞レースの主役へと躍り出て、最後は米アカデミー賞を5部門受賞する栄誉を勝ち取った。

ただしこれは結果論。アカデミー賞にしても、この2012年(2011年度)でなければこれ程までにこの作品が上位に来ることはなかっただろう。

今年のアカデミー賞における共通項、シークレットテーマは「古き良きもの」だが、古き良き時代を懐かしむ空気が蔓延しているということは、逆に言えば今が最悪の時代ということ。

これは今日に始まった傾向ではなく、アメリカが戦争をする年(した年)、すなわち不穏な時代には、こうした時代モノがアカデミー賞を席巻する事が多い。大統領選を前に一時的にごまかしてはいるが、現在アメリカ経済が抱える構造的問題はひとつも解決しておらず、さらにイラン情勢も緊迫しており、今年はこれ以上ない「不穏」な年である。

さらに今年のアカデミー賞はフランスブームで、フランスに関わる作品が集められているのは何度も書いた通り。フランス人の映画監督が、ハリウッドの黄金期をマンセーする「アーティスト」は、これ以上ないタイミングで世に出たというわけだ。

役者自ら五か月間も練習して披露するダンスシーンの数々や、カンヌで最優秀犬賞こと「パルムドッグ賞」を取った役者犬による感動の名演技など、映画的見所は多い。

当時存在しなかったズームレンズを配した演出や、事前に数百本のハリウッド映画を見て研究した成果というべき「どこから見ても古い」アメリカ映画風の演出など、出来栄えにはほとんど文句のつけようがない。古典映画のファンや、あるいは無声映画など見たこともない若い人、どちらの年齢層にも大いにアピールできるだろう。

ただし、個人的にどうも受け付けないのが、過去作からの多数の引用、いわゆるオマージュである。昔の立派な映画人や映画作品にリスペクトとやらを捧げたい気持ちはわからないでもないが、ここまで目立つとうざったい。

そんなにお礼を言いたければ、勝手に手紙でも書いて出せばよい。わざわざ自分の映画の中で、ウォーリーをさがせクイズのように真似っこ場面や音楽を入れ込む必要など全くない。そんなものは形を変えた作り手の1人よがりであり、作品鑑賞上は何のプラス効果ももたらさない。完成度という面においても、作品の純度を下げるだけだ。映画監督とは、お金を払ってみてくれる観客のことを第一に考えねばならぬというのが私の意見であるから、あまりやりすぎないことだと、この監督には言っておく。

面白いのは、今回は同じことを引用された側も言っている点である。実際にそうした映画の関係者が「アーティスト」のオマージュ手法について、強い不快感を表明していると報じられている。

だいたいオマージュなんて遊びが許されるのは、自分もオマージュ先に肩を並べる超一流になってからだ。たいした実績もないのに引用引用では、観客からは卑屈な媚びにしか見えないということを映画監督たちは知るべきである。自分の大切な作品なのだから、くだらない切り張りみたいな真似はやめて、純度100パーセントのオリジナルで勝負せよ。関係者や先人へのお礼なんぞは記者会見か自分のブログで書けばいい。

こうした点以外においてはとくに問題はなく、両親へのプレゼント、デートでの鑑賞、子供を連れての映画会などあらゆるシーンにこの映画は役に立ってくれる。

モノクロでしかもサイレントという大時代の代物だが、ここまで古ければリアルタイムで体験したものも少なく、逆に新鮮。セリフはなくともキャラクターたちの素朴な愛情のやり取りには素直に共感、感動できる。一度映画館で体験するのも悪くはない。



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