「311」40点(100点満点中)
2012年3月3日(土)、ユーロスペースほか全国順次公開 2011年日本/92分/
監督: 森達也 出演:綿井健陽 松林要樹 安岡卓治

失敗を堂々と見せる誠実さ

ドキュメンタリー映画「311」は、東日本大震災の犠牲者の死体を写したということで物議を醸している。遺体映像で金もうけをするのかと、かなり感情的な批判にもさらされているが、そんなネタが公開前に流れている時点でそれを売りの一つにしているように見えなくもない。

だが、この映画のポイントはそこではない。本作最大の見どころは、森達也という日本を代表するドキュメンタリー作家でさえ、あの被災地ではこの程度の取材しかできなかったという、その一点にある。

映画の冒頭、監督をはじめとする取材チームは車で福島第一原発へと向かう。ジャーナリストの綿井健陽らの名前を見れば、この作品が原子力発電に対して鋭い批判的視点をもった作品になろうとしていたことは容易に想像がつく。

ところが彼らは、早くもその取材に頓挫する。詳しくは映画を見てもらうとして、その後彼らがどうしたかというと、最も重要な調査対象であるはずの原子力発電所事故をあっさりとリストから外してしまうのである。あるいは、取材のしようがなくなったと言ったほうが正しいか。

素人じゃあるまいし、のっけから取材できませんでしたてへ、で終わってしまうとは余りにもショッキング。たしかに彼らが原発に突入しようと試みたのは、地震からわずか15日後であり、その機動力と勇気は誰もが認めるところ。だが、彼らが持っている撮影機材はなんだか家庭用に毛が生えたような貧弱なもの。また、取材計画や根回し等を行った形跡もなく、とにかく出かけてみたという、それだけだということが見ていると感じられる。

ニコニコ動画の配信者じゃあるまいし、もう少し何とかならなかったのかと思うものの、それでも本来この監督ほどの力量があれば、取材対象に斬新に切り込み、それなりの成果をあげても不思議ではない。

本作が最も衝撃的なのはまさにここ。繰り返しになるがあの森監督にして気圧されてしまう程に、被災地の被害が甚大だったということだ。原発事故現場に近づくと立ち入り禁止となっているわけだが、本来ならばそんな札など無視してどんどん入って行けと観客は思う。だが彼らは引き返す。余りに格好悪いが、名だたるドキュメンタリー作家やジャーナリストである彼らがこれ程にヘタれているそのヘタレさ加減が、当時の恐怖感を表しているといえなくもない。

そして森監督が勇気があるのは、そうしたみっともない自分たちの姿を堂々と記録し公開したこと。そのある種自虐的な行動は、映画作家としてはなかなか誠実で勇気のあることであろうと思う。

がれきの山を見て、「すっげー、すっげー」「うわー、うわー」などと叫んでいるが、物見遊山じゃあるまいしもう少し他のリアクションはないのかと思う。廃墟を撮影する場面でも、収穫はほとんどゼロ。はっきり言って、ただ見に行っただけ。映画「311」は、プロが、プロらしくない狼狽を見せる、それを記録した点に価値がある。

とはいえ、撮る側の弱さ無力さを見せるというこの映画のコンセプトは、決して最初から意図したものではなかろう。リアルだし、価値あることではあろうが、あくまでそうせざるを得なかったからやっているだけ。すごいものをとり、すごいドキュメンタリー作品ができたならば、こういう変化球を使う必要はない。

遺族の批判を浴びようが、長い目で見て社会を良い方向に向かうために役立つ映像を切り取れたならば堂々と発表すべきだし、またするだけの根性がすわった連中だ。それができなかった時点で、ドキュメンタリー作家、ジャーナリストとしての敗北というほかない。

ただそれでも、クライマックスに遺族たちと大もめにもめるある場面の迫力はすごい。ここでの森監督の堂々たる態度は、長年の自らの活動に対する自信に裏付けされたものであろう。

この肝っ玉と反骨精神を持って、原発事故のインチキを暴くとか、そういったものに踏み込んで欲しかったという部分はある。また、それがやれるのは、彼らぐらいなものだろう。

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