「人生はビギナーズ」60点(100点満点中)
Beginners 2012年2月4日(土)より新宿バルト9、TOHOシネマズシャンテほかにて公開 2010年/アメリカ映画/105分/ドルビーSR・SRD/ヴィスタサイズ 配給:ファントム・フィルム/クロックワークス
監督・脚本:マイク・ミルズ 出演:ユアン・マクレガー クリストファー・プラマー メラニー・ロラン

オヤジが突然カミングアウト

「カミングアウト」とは、じつに心踊る言葉である。大好きだったあの子のおっぱいが、詰め物たっぷりの改造品であった──そんなカミングアウトをされた日には、それは一見大ショックであるが、そこまでする程コンプレックスに思っていたのかと思えば、むしろ色っぽいものである。オトコのためにそこまでしてくれたのだと考えれば、余計に愛も深まるというもの。だから、これを読んでいる女性読者たちは今すぐ秘密を私宛にメールするように。

映画の話に戻すと……というよりまだ映画の話なんてしていないような気もするが、ともあれ「人生はビギナーズ」は、特大級の「カミングアウト」をテーマにした作品である。ただし、おっぱいを整形した女の子は出て来ない。

 39歳のイラストレーター(ユアン・マクレガー)は、老境に入った父親(クリストファー・プラマー)から突然、自分がゲイだったことを告白される。狼狽する息子をよそに、父親は若い同性の恋人を自宅に招いてイチャつく毎日。おまけに癌に蝕まれているくせに、日夜パーティーでゲイ仲間と楽しそうに過ごしている。死んだ母親との結婚生活とはいったいなんだったのか、息子としての自分の立場は……? 残り少ない父子の時間の中で、息子は父親を理解しようと真剣に向き合い始める。

衝撃のカミングアウトから、わずか4年で父親が死んでしまったというところまで冒頭で語ってしまう。その後は回想シーンを織り交ぜて「現在の息子=主人公」の葛藤と成長を、新しい恋の行方とともに描いてゆく。「サムサッカー」(2005)のマイク・ミルズ監督によるハイテンポなストーリーテリングは、じつに手練れている。

もっとこうした内容の場合、あまりチンタラと話を進めると、どこかいたたまれなくなるというか、シャレにならない部分があるので、ライトなコメディ風味かつハイテンポなドラマ仕立てにするのはある意味王道といえるだろう。

コメディとして描くことで、「末期がん+ゲイ」という、ある意味ダブルで背負い込まれたお荷物を、全く悲壮感を感じさせずに描写できる効果がある。父親役のクリストファー・プラマーが、飄々と自らを肯定し、余命を楽しんでいる姿は、戸惑うしかない第三者にとってはむしろ救いである。むしろ、右往左往する主人公こそが滑稽に見えてくる。

こうしてみるとわかる通り、誰かがゲイであるとか同性愛であるといったことは、それ自体は大して深刻な問題ではない。人類の10%は同性愛者と言われるくらいなのだから、まわりもガタガタ騒ぐことはないし、この映画の父親のように新しい人生を楽しむくらいの気持ちでちょうどいい。

本人さえカミングアウトする勇気を持ってくれたならば、まわりも結局は救われるとこの映画は語っている。下手に気を使って隠すよりも、本音をぶつけ合った方が事態を打開することができるということをこの映画は何度も伝えようとする。

たとえば、主人公がガールフレンドにキャミソールをとってと言われ、まったく違うものを渡すシーンがある。この奇妙な場面が語ろうとすることはいったい何か。それはつまり、この主人公が幼いころから相手の心情ばかりを勝手に想像し、先回りしてトラブルを回避する生き方をしてきたと、そういう事を表現しているのである。「質問すると相手が嫌がるから、推測ばかりしてたんだ」とのセリフ、これこそ本作の重要なテーマである。過剰に相手に気を使うことが、おかしな食い違いの原因となることもあるのだとこの映画は言っているわけだ。

その主張がなぜ説得力があるかといえば、このストーリーが本作の監督マイク・ミルズの身におきた実話だからだ。

だからこの映画の主人公は、監督自らの投影。これまでの自分がやってきた、器用だがよそよそしい生き方を、父親が自ら秘密をカミングアウトすることで変えてくれた。出会い系のネットに出したメッセージまで息子に見られてしまうなど、父親の姿は一見格好悪いものだがそれは違う。そのシーンにおける息子役ユアン・マクレガーの表情を見ればそれは誰にでもわかる。父親の体当たりの生き様が、後に残された息子の人生の導きとなる。停滞する道を切り開くための光明となる。そんな展開が感動的だ。

父親の人生は、無駄でもなければ恰好悪くもなかった。これをみると、いいところばかり見せようとして生きている自分が恥ずかしくなる。しかし、だからといってカミングアウトする勇気はない。なぜなら自分の場合、そんなことをしても本当に格好悪いだけだからである。

コメディー風味ではあるが、監督の実話というだけあって思い入れが非常に強く、終盤に行くほど重さを感じてしまうのが難点か。さらに軽快に、ユーモラスに描いてもよかったように思う。とはいえ、国や人種を超えた普遍的なメッセージを描いた感動的な作品であり、大人の観客を納得させるだけの説得力もある。他者との違いを認め合うことができる大人の観客が見て損することはないだろう。



連絡は前田有一(webmaster@maeda-y.com 映画批評家)まで
©2003 by Yuichi Maeda. All rights reserved.