『指輪をはめたい』70点(100点満点中)
2011年11月19日(土)、新宿バルト9他全国ロードショー 2011/日本/カラー/アメリカンヴィスタ/SR-D/108分 配給:ギャガ+キノフィルムズ
原作:伊藤たかみ 監督・脚本:岩田ユキ 出演:山田孝之 小西真奈美 真木よう子 池脇千鶴

≪もう少し毒があればなおよかったが≫

男が結婚を決める決定打とはなんだろうか。外見のかわいらしさ? 確かに男にとって妻とは社交のパートナーでもあるから、その属性や外見が良ければプラスに働くであろう。料理やセックスの相性もよく言われるが、後者は代用が効く分、前者ほど重要ではあるまい。とはいえ、どれも決定的とまでは言い難く、結局のところ最も大事なのは「勢い」であるとの結論が導き出される。

『指輪をはめたい』は、山田孝之版モテキというようなストーリーだが、こちらはミステリかつファンタジックな要素を含む。完成版をみた山田孝之は、その出来の良さに予想以上の満足を得た様子だったというが、それも納得できるなかなかの出来ばえである。

製薬会社の敏腕営業マン、片山輝彦(山田孝之)はあるときスケートリンクで転倒して記憶喪失に。彼が思いだせないのは、自分のカノジョが誰だったのかということ。思い出せぬまま仕事に復帰しようとする彼の前に現れたのは3人の女性。キャリアウーマンの先輩(小西真奈美)、営業先の風俗嬢(真木よう子)、公園で一人人形劇をしている地味な女の子(池脇千鶴)。カバンの中の婚約指輪を、彼はいったい誰に渡そうとしていたのだろうか?

クールな知的美女、巨乳のハデ女、家庭的な娘、見事なまでに分かれたオンナノコ3類型。まさに、理想的な3股を楽しんでいたと思しき記憶喪失前の自分というわけだが、いまや3人が3人とも指輪を熱望している状況。

いったいコイツは誰に渡すつもりだったのかと、そのナゾ一本で引っ張るモテキドラマである。主人公唯一の相談相手となる、スケートリンクの不思議少女(二階堂ふみ)の存在も面白い。観客が混乱しそうになると彼女が出てきて一息つけるので、その間に頭を整理することができる。

それにしても、全員が自分の部屋を知っていて、食事も作りにくるとは相当高度な3股コントロールである。いかに凄腕営業マンとはいえ、なんともテクニカルなフリー恋愛っぷり。さすがは山田孝之である。他意はない。

さらに、記憶を失うタイミングがまた理想的ではないか。なにしろラブラブの頂点であるから、記憶喪失後はなんの苦労もなく3タイプの美女とフレッシュな気分でHしまくれる。まさに恋愛は脳でする、というわけだ。こんなに都合よく記憶がなくなれば、古女房にも新鮮味が出るのになぁ……と、そんな切ない思いを募らせる男性客も少なくなかろう。

とぼけた笑いもツボを押さえており、コメディーとしても平均以上。

女優たちは大ヒット中「モテキ」に比べると小粒な感じがするし、意外性ある演技が見られるわけではないが、それなりに魅力を振りまいている。どちらにも出ている真木よう子などは、風俗嬢役のビキニからあふれんばかりの巨大な胸の印象が強すぎて、B級脱ぎ専女優のごときうらぶれ感まで漂っている。美人だし演技力も相当なものなのに、つくづく損をしている人である。

さて、それにしてもこのファンタジックな物語はなかなか示唆に富んでいる。

結婚を決意するにあたって最も大事な「条件」は何なのか、思わず考えずにはいられない。恋愛についての、私を含めた歴史的権威たちはみな「勢い」だというが、この主人公は記憶喪失という形で強制的にそれを失ってしまった状況だ。最高のタイミングを失った男は、なにをよすがに結婚を決意するのであろうか。

終盤の意外なアレは、ネタ的に軽すぎて物足りず。もっとブラックかつシリアスなもののほうが個人的には好みだが、若い女性やカップルが気楽に見るにはこの程度でもやむなしか。

ちなみに私のファンの98パーセント(推定)を占めるといわれる適齢期の女性たちに助言をするとすれば、望みの結果を出すには速攻がすべてということだ。この世の男たちは短距離ランナーである。短い助走路のうちに背中を押さなくては、あっという間に踏切ラインを超えておしまいということを覚えておいて損はない。



連絡は前田有一(webmaster@maeda-y.com 映画批評家)まで
©2003 by Yuichi Maeda. All rights reserved.