『モンスターズ/地球外生命体』65点(100点満点中)
Monsters 2011年7月23日よりシアターN渋谷ほかにてロードショー 2010年/イギリス/94分/カラー/ドルビーデジタル/シネマスコープ/ 配給:クロックワークス
監督・脚本:ガレス・エドワーズ 出演:ホイットニー・エイブル スクート・マクネアリー

≪2010年の映画ながらタイムリーなテーマ≫

お金のある人からない人まで、いまハリウッドの映画人はたくさんのUFO映画を作って、それが歓声で迎えられている。英国発『モンスターズ/地球外生命体』は製作費がたったの130万円と、プリウスより安いエコロジーな低予算映画だが、このトレンドに乗っていたためアメリカでもそれなりに人気が出た。おかげでギャレス・エドワーズ監督は、ハリウッド版ゴジラの次回作を任されることが決まったほど。130万円の投資のリターンとしては、これ以上のものはないだろう。

09年、地球外生命体を回収して帰還中のNASAの探査機が、メキシコ上空で爆発した。その数年後、怪獣のような生命体の宝庫となったメキシコは封鎖され、米国との国境には高い城壁が建設されていた。カメラマンのコールダー(スクート・マクネイリー)は社長令嬢サマンサ(ホイットニー・エイブル)を現地から救出せよとの命令をうけ、彼女と接触するが、様々なトラブルから彼らは安全な移動方法を失ってしまう。

日本で低予算映画を作るとなると、パーソナルな人間ドラマとか、シュールなギャグとか、最初からチープなB級を狙ったものなど、小さい企画ばかりが目につく。予算ではなくて企画力とアイデアが貧弱なのである。

そこへいくと、この映画は低予算ではあるが志は高い。ハリウッド映画なら100億円の予算をつけるような大スケールのお話を、130万円で作ろうという勇気がある。VFXの専門家である監督(最近では低予算映画を作りたいならこの手の技術を身に着けているのは必須といえる)は、見せ場を絞り、労力を集中すれば十分エンタテイメントが作れると考え、そこに勝機を見たのだろう。それはほぼ成功し、あくまで「低予算にしては」との枕詞がつくものの、かなりの迫力とスリルを味わえる良作に仕上がっている。

もっとも、廃墟を男女が歩いているだけの映画だから過剰な期待は禁物。予算以上のスペクタクルというものを味わいたいなら、公開中の『スカイライン-征服-』 を見たほうがいい。

SFを評価するには、そのストーリーの裏側に隠された意図、隠しテーマを語らなくてはならないが、本作はその点もなかなか良くできている。いろいろと解釈できるところだが、現実社会では侵略者のように弱き国々を征服していったアメリカ(経済)が、この映画では別の強大なものに侵されつつある。

そこにシニカルなメッセージを感じるし、資本主義の本質をついているともいえるかもしれない。単独で繁栄を謳歌している存在に、いったい何が起きるか。必見である。とくに、アメリカ国境を前にして男が女にいうセリフは思わせぶりで、そのテーマを象徴している。

さらにいえば、この映画は2010年の映画なので完全な偶然だが、原発事故後の日本にも当てはまるような部分がある。安全地帯が一瞬にして消え失せる恐怖、というところだ。

世界で一番安全な食品──環境破壊せぬよう注意を払い、現世代で使い切らぬよう維持管理してきた水資源と土、それは時代を超えた人と人の絆だ。有史以来日本民族が蓄積し、子に受け継いできた、そうしたかけがえのない財産。原子炉建屋が爆発した瞬間、それは木っ端みじんに吹き飛んだ。汚れた一部の国土はもう3月11日以前の状態に戻ることはない。何世代にもわたってつないできた絆を、いま生きる人間が台無しにした。

その後の日本は決定的に何かが変わった。おかしくなった。警告を無視し続け、予想通りの大事故を起こした責任者たちは、堂々と高額のボーナスを受け取り、今日も安全地帯で、安全な食材に囲まれて、何不自由なく贅沢に暮らしている。その一方で、事の重大さを理解したある有機農家は絶望し、死を選んだ。そして多数の避難民は、ままならぬ暮らしの中、幼いわが子の体内から検出された放射性セシウムに怯えている……。

こんな理不尽があっていいものか?

いま、水面下に隠れていたこの国の暗部が露呈し、人々のモラルは崩壊しつつある。事故の当事者たる自民党政権であれば隠ぺいされていたであろうから、政権交代後であったことは不幸中の幸い。なのに連中の政府批判ときたら、ほとんどブラックジョークである。糞をまき散らした奴が、尻ぬぐいをしている人間に尻の拭き方が悪いと文句を垂れている。お前たちにそんなことをいう資格はない。

こうしたパラダイムシフトを経験しているまさに最中の現代日本人にとって、この映画はいろいろと考えさせられる。

聞いた話では、いま被災地に複数の映画関係者が入っているという。そこで撮った映像で、彼らは何を訴えるつもりだろう。少なくとも130万円の『モンスターズ/地球外生命体』より骨太で心に届く、魂のこもった批判精神というものを見せてほしいと願う次第だ。



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