『レッド・バロン』60点(100点満点中)
2008年/ドイツ/128分/ブロードメディア・スタジオ 2011/5/21より丸の内ルーブル他順次公開
監督・脚本:ニコライ・ミュラーション 撮影:クラウス・メルケル 出演:マティアス・シュヴァイクホファー ティル・シュヴァイガー レナ・ヘディ

≪美しい複葉機が舞い散るノスタルジック空中戦≫

日本という国は主に米国による洗脳プロパガンダの壮大な実験場であると同時に、見事な成功例でもある。

それは具体的には戦後、有名なルース・ベネディクトの研究などをもとに被占領地のコントロールを目的に始まった。戦時中の行為について過度な罪悪感を受け付ける教育や、非武装平和主義のような現実性ゼロの主張をする団体をひそかに財政支援するなど、彼らの行為は多岐にわたる。

すべては、自主独立を目指すまともな現実主義者を根絶させるためであった。米国にとっては、無防備マンを信奉する無邪気な反米平和主義者は大歓迎(むしろ一定の勢力を得てほしい)だが、自主防衛を言い出す勢力は国益に反する。親米保守なる珍妙な方向に言論の主流が流れるよう、彼らが望んでいることは明らかである。

いったい何を言いたいかというと、いままで団鬼六さんありがとうという事だ。あなたの映画界への貢献は忘れない。

それはともかく話を戻すと、そんなわけで日本では長らく戦争を正当に評価する(美化する、などと表現されることが多い)映画はタブー視されてきた。長年抑圧されてきたため保守派の多くはいまやコンプレックスの塊で、ネトウヨ病をこじらせ燦々たる状況である。結果、最近ちらほらみかける愛国的なテーマの映画を見るとよくわかるが、どれも肩に力入りすぎの痛々しいものばかりである。戦後乱れに乱された言論のバランス感覚は、いまだに取り戻されていない。

一方、おなじ敗戦国のドイツにも、似たような影響が強くみられる。たとえばナチスは絶対悪、肯定的に評価する説などは論外で、自虐史観と表現したくなるほど遠慮がちな雰囲気を見ることができる。その意味では、自国の英雄を肯定的に描いた「レッド・バロン」のような戦争映画は、比較的珍しい部類に入る。

ときは第一次大戦。ドイツ人パイロットリヒトホーフェン(マティアス・シュヴァイクホファー)は、有名な敵エースのブラウン大尉(ジョセフ・ファインズ)すらもろともしない快進撃で、撃墜数を積み上げていた。敵に敬意を払い、殺害にこだわらない時代錯誤ともいうべき騎士道精神にのっとったその戦いぶりには、敵軍すらも一目置いていた。やがて彼は看護婦ケイト(レナ・ヘディ)に一目ぼれするが、彼女はなぜか英雄の彼に冷たい態度をとるのだった。

実在の人物を描いた史実ドラマだが、ドイツ軍所属のユダヤ人パイロット(とても好意的に描かれる)だけは創作である(とはいえ、ドイツ軍に参加していたユダヤ人兵士は実際に多数いた)。このあたりが先ほど書いた、ドイツ流自虐(というより反省)史観というべきもので、ドイツ映画ならではの味である。

オープニングは、この破天荒な主人公が敵陣に突入して、とても粋な「ある行為」をするところから始まるが、勇ましい音楽に迫力の絵作りは、まさに国策映画のひな形そのもの。こりゃずいぶんドイツも思い切ったことをやるなと一瞬思ったが、結局のところすっきりとした英雄賛美映画にはならない。

看護婦がリヒトホーフェンに冷たいのは、彼女が受け持つ職場が、リヒトホーフェンが撃ち落とした人間たちの看護、すなわち尻拭いにほかならないからである。空中を飛ぶ「英雄」にとっては、戦場はゲーム感覚で、騎士道など自称する余裕もある。すなわちヒューマニズムに酔う余地があるというわけだが、地上は違う。腕が千切れ、内臓が飛び出てうめく被害者たちに、望みのない救命措置を施す日々に、英雄ごっこの文字はない。

この出会いによって二人とも変わってゆくが、大きく変わるのが英雄側というところに、ドイツ映画らしさがあるとみるべきであろう。つまり本作は、戦場で人間性を取り戻す男の物語である。この主人公マンフレート・フォン・リヒトホーフェンについては、71年に同タイトル(「レッド・バロン」)でロジャー・コーマン監督のアメリカ映画になっているから、機会あればその違いを見比べてみるといい。

このドイツ版では、主人公がドイツ軍のプロパガンダに利用され、広告塔として宣伝される様子が描かれる。敵をビビらすため、自分の飛行機だけ赤く塗ってリアル赤い彗星として3倍速で活躍したり、死んだらもったいないからと地上勤務に回されたりする。兄に負けないほどの腕前を持つ弟もやがて同じ隊に配属され、さらなる宣伝効果を期待される。

そんな運命に抗うところが、本作のテーマというわけだ。再度戦場に出ることがばれた時、愛する看護婦に告白する激しいセリフが、まさにそれを表している。この主人公の心情は、とくに日本人にとっては共感できるものだろう。そして、戦場における心理学を考える際には、もっとも重要な、キーポイントとなるべき感情であるので注目してほしい。欧米人の中ではドイツ人がもっとも馬が合うと感じる日本人が多いのもの納得である。

たくさんの複葉機が飛び回るこの時代のドッグファイトは、映画にとっては横長のスクリーンに映える定番のスペクタクル。ぜひ大画面で見てほしい迫力だ。戦闘機の性能をパイロットの技量でカバーできた最後の時代。その意味では、どこかノスタルジックでもある。

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これがアメリカ映画版。
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