『まほろ駅前多田便利軒』60点(100点満点中)
2011年4月23日(土) 新宿ピカデリー他 全国ロードショー 2011年/日本/カラー/ビスタサイズ/123分 配給:アスミック・エース
原作:三浦しをん 監督・脚本:大森立嗣 音楽:岸田繁(くるり) 主題歌:くるり「キャメル」 出演:瑛太 松田龍平 片岡礼子 鈴木杏 本上まなみ

≪日本人のリハビリにちょうどいい≫

震災後、延期されたり上映中止された作品というのが結構あって、排泄物ぶちまけ映像が売りの「ジャッカス3D」などはその最たるもの。この空気の中、そういう笑いはさすがに不謹慎との判断については、否定のしようがない。

だが逆に、今だからこそ見るべき作品というものもいくつかあり、『まほろ駅前多田便利軒』もそのひとつ。ほかにも「阪急電車 片道15分の奇跡」とか「名前のない少年、脚のない少女」がそれにあたる。これらの作品群は、日本人の心のリハビリにぴったりなものばかりといえる。

まほろ駅前(と自称するがじつは徒歩数分)で便利屋を営む多田啓介(瑛太)の前に、中学生時代の同級生、行天春彦(松田龍平)がぶらりと現れる。多田は中学生時代、自分の不注意で彼の指に傷が残る大けがをさせた経験があり、その負い目もあって宿無しの彼と共同生活を始める羽目になる。

直木賞を受賞した三浦しをんの連作短編集の映画化。男二人のとぼけたやり取りと共同生活の行方、そして便利屋稼業を通じたまほろ駅周辺の人々との交流を描くオフビートなドラマだ。大森立嗣(おおもりたつし)監督やその弟・大森南朋、父親の麿赤兒(まろあかじ)といった大森ファミリー全面協力体制で、息の合った主演コンビを盛り立てる。連作短編集の映画化ということもあり、複数のエピソードを切れ目なく描いてゆく。

主演二人のやりとりは息が合っている。松田龍平出演作でなきゃ絶対にできないサービスシーンもあったりして、中年以上のファンをも喜ばせる。

この映画が震災後のリハビリに良いと私が判断した理由は、作品のテーマにある。見ればわかるが本作は「小指」がある種の象徴で、解釈のキーポイントとなっている。主人公がケガをさせた旧友の小指は、けっして元には戻らない。だがそれでも傷跡は癒え、薄くなってゆく。

要するに、生きていれば人は必ず傷つくが、それは元には戻らない。だが、元通りではないにしても必ず再生する。大けがした小指の傷のように……。そういって、この映画は傷ついた人々を励ましているのである。もちろん、小指の傷だけではない、津波に流された町だって同じはずだ。心にじんとくる、今見るにふさわしい一品というほかはない。

ほかには、男二人の友情話ということで、女性客にも向く。一方男性客はこういう友情ものは、少々あざとく感じてしまう可能性がある。

なお、劇中のまほろ駅とは作者に縁のある東京・町田市がモデルで、当然ながら映画版には町田市全面協力。エキストラは200名以上、大掛かりなロケ撮影も行った。住民必見。町田市マニアも必見である。そんな人がいるのかどうかは知らないが。

ただこれを見て切なくなるのは、現実の日本では、この映画の素晴らしい主張をむなしくさせる、「戻ることも再生もできない」人災が起こってしまった点である。地震や津波だけなら日本は決して負けない。必ず立ち上がる。だが、その後に起こった原子力発電所事故は別である。放射能に人は勝てない。大衆の高い道徳心、善良なる心をふみにじる、傲慢な利権構造と洗脳プロパガンダの炎上。それが今福島で起きていることだ。

二度と取り戻すことのできない美しい風景と国土、安心と信頼に満ちた国民生活。その怒りと悲しみを表明する映画がいつか出来ると願いたい。

まほろ駅前多田便利軒
原作本。
るるぶ町田市 (るるぶ情報版 関東 35)
町田マニアの第一歩。


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