『ツーリスト』75点(100点満点中)
The Tourist 2011年3月5日(土)日劇3ほか全国ロードショー 2010年/アメリカ・フランス/103分/配給:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
監督:フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク 脚本:ジュリアン・フェロウズ、クリストファー・マカリー、ジェフリー・ナクマノフ 出演:アンジェリーナ・ジョリー ジョニー・デップ ティモシー・ダルトン ポール・ベタニー
≪中年夫婦が楽しめる気軽なミステリードラマ≫
空撮最強の町ヴェネチアを舞台にした『ツーリスト』は、タイトルを見ればお気軽な旅情サスペンスだろうと誰もが思う。つまり日本でいえば、湯けむりミステリ群馬編〜混浴女子大生連続殺人事件、のようなもの。そして、じっさいそんな程度の内容だろうと思いつつ見ると、これが案外満足できる作品である。
警察から監視されている謎の美女エリーズ(アンジェリーナ・ジョリー)。当局は彼女をマークすることで、その恋人で重要指名手配犯アレクサンダーを逮捕しようと一大捜査網を敷いていたのだ。むろん、アレクサンダーもそれは承知。捜査をかく乱するため、彼はエリーズにヴェネチア行きの列車に乗り、その中で自分に似た体形の男を探して同行しろとのメッセージを託した。エリーズはそれを忠実に実行、車内で平凡な数学教師のフランク(ジョニー・デップ)を逆ナン、みごと自分のホテルに誘い込むことに成功する。
さて、警察はアレクサンダーの素顔を知らないので、この展開に色めき立つ。この田舎教師がアレクサンダーか? そんな風に混乱し始める。はたして本物アレクサンダーの狙いはなんなのか。そして巻き込まれたツーリスト、ジョニー・デップ先生の運命やいかに。そんな、ヒッチコック風の古き良きサスペンスドラマだ。
金もなければオシャレでもないデップ先生が、絶世の美女たるアンジェリーナ・ジョリーにサディスティックな誘惑をされて、ひとめぼれしてしまうのも無理はない。勇気を出して食事に誘う(実際は誘わされているのだが)も、アンジーさんに誘い方を何度もダメだしされるシーンのおかしさは必見である。美男美女のウィットあるやり取りを大スクリーンで味わう、往年のハリウッドムービーの楽しさを味わえる。こういう良さは、平成生まれの若者にはわからない。
そういう点からも本作は、中年以上の人にすすめられる数少ないアクション作品である。ヴェネチアの狭苦しい水路をのろのろと追いかけあうボートチェイスなどは、スピード感はゼロながら、緊張感あふれる見事な演出で、目まぐるしい最近の多カットアクションについていけない人たちにも親切である。娘さんが、本作のチケットをご両親にプレゼントするなんて使い方には最適であろう。
湯けむりサスペンスを見る時のような無防備体制でみているといい具合に騙される、終盤の展開にも満足できよう。思えば役者の演技やせりふなど、伏線は十分仕掛けられていた。なかなかフェアなミステリである。
それにしても、最後に一件落着などとひとり悦に入っている主任警部には笑わせてもらった。あんなオチになったのは、どうみてもアンタのミスである。こんな上司を持つポール・ベタニー警部が気の毒になる瞬間だ。ちなみにこのポール・ベタニーがジョニー・デップをいじめる場面のねちっこさは、大いに見ごたえがある。さすがの演技巧者だ。
上映時間も短いし腹八分目の内容。美しい景色に美しいスターたち。こうした映画の良さがわかるのは、やはりオトナの観客といえるだろう。