『ヒア アフター』70点(100点満点中)
Hereafter 2011年2月19日(土)より丸の内ピカデリーほか全国ロードショー 2010年/アメリカ/カラー/129分/配給:ワーナー・ブラザース映画
監督/製作/音楽:クリント・イーストウッド 製作総指揮:スティーブン・スピルバーグ 脚本: ピーター・モーガン 出演:マット・デイモン セシル・ドゥ・フランス ブライス・ダラス・ハワード ジョージ&フランキー・ハワード

≪イーストウッド版・大霊界≫

世の中には見る前に予備知識を入れたほうがいい映画とそうでない映画があるが、『ヒア アフター』は間違いなく後者である。とくにこの作品の予告編は、ストーリー上もっとも意外、かつ重要なクライマックスまで余すところなく体験できる親切設計。推理小説を読む前に犯人を知りたいタイプの人以外は、見ないでおくことをオススメする。

さてストーリーだが、この映画はまったく無関係な3つのドラマが同時進行する。

臨死体験をしたパリ在住のテレビキャスター(セシル・ドゥ・フランス)は、あの体験がいったいなんだったのか、仕事もそっちのけで追及を始める。サンフランシスコで静かに暮らす男(マット・デイモン)は、じつは本物の霊能力者だったが何もかも見えてしまう事に嫌気がさし、今では「仕事」から手を引いている。ロンドンに住む少年(ジョージ&フランキー・マクラレン)は、あるとき大好きな双子の兄に降りかかった運命を前に、ひとりで立ち向かうことになる。

この3者のドラマが終盤に絡みあうが、そこにサスペンスと感動が待ち受ける仕組みである。

それにしてもクリント・イーストウッド監督はすごい。丹波哲郎も仰天の「死んだらこうなった」を描きながら、これだけ良質な、まともな大人が真剣にみられるドラマに仕立てるのだから。江原啓之を演じるマット・デイモンが行う霊視の場面も、まったくアホらしさを感じない。もはやこの監督が作れば、宇宙人モノだろうがアダルトビデオだろうが、易々とオスカーをとれるのではないか。

もっともこれはアメリカ映画なので、そもそも死に対する感覚が日本人とはまったく異なる。戦争を繰り返し、自国民に多大な戦死者が出ている現代アメリカでは、死は身近な問題で、死後の世界や死者との対話も単なるオカルトとは切り捨てられないものがある。「愛する家族の唐突な死」が、そこらじゅうに転がっている国の人々に向けて作られた映画なのだということを、まずはしっかり受け止めなくてはならない。

だから「ヒア アフター」が、人の死を扱っていながらその実「生きること」をメインテーマにしているのは当然の帰結である。これは、「愛する家族の唐突な死」を体験した人々を癒す作品でもあるわけだ。

イーストウッドは頭の柔らかい監督で、時事性やその時々の世間の空気を作品に取り入れるのが天才的にうまい。「ヒア アフター」が独りよがりな「大霊界」にならないのも当然であろう。

もっとも、「孤独な人間たちが死と直面することで、生きる意味を見出す」とは、自殺者毎年3万人(統計上の数字を抑えているだけで、実際はもっと多いだろう)といわれる日本人にとっても無縁のテーマではない。製作総指揮スティーヴン・スピルバーグの好みであろうか、パニック超大作なみのスペクタクルも存在するこのジミ派手な異色ドラマを、私は広く日本の人々にも見てほしいと思う。

ただしくれぐれも、予告編や他の映画紹介などで致命的ネタバレを食らわぬようお気を付けを。



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