『太平洋の奇跡-フォックスと呼ばれた男-』30点(100点満点中)
2011年2月11日公開 全国東宝系 2011年/日本/カラー/128分/配給:東宝
原作:「タッポーチョ(敵ながら天晴)大場隊の勇戦512日」 Don Jones 監督:平山秀幸 脚本:西岡琢也/Gregory Marquette・Cellin Gluck 出演:竹野内豊 Sean McGowan 井上真央 山田孝之 中嶋朋子

≪大ヒットアニメへのオマージュ≫

『太平洋の奇跡-フォックスと呼ばれた男-』を見ると、現代の日本人に……というより、映画を作る業界の人々に、まともな軍人観や戦争観というものは期待できないのかなと切なくなる。

戦争末期、本土防衛の要衝サイパン島は、米軍の猛攻の前に陥落寸前であった。日本軍の悲惨な玉砕が相次ぐ中、大場栄大尉(竹野内豊)は粘り強い抵抗を決意する。彼は各地で生き残った日本兵や民間人を集め、彼らとともに山中でのゲリラ戦を展開する。人数は少ないが決してあきらめないその勇敢な戦いの前に、米軍は翻弄されてゆくが……。

パンフレットには原作者ドン・ジョーンズによる原作のあとがきの一部が掲載されている。そこには、いまの日本人が、自分たちの父や祖父がなぜ戦ったのか、その精神を何も知らないこと、そしてなんら尊敬をしていない事に彼が驚き、真実を伝えたくてこれを書いた切実な思いが記されている。

実際にそうした日本兵と3年間戦った原作者が、彼らを「世界の戦士たちの中でも、最も優れた戦士たちでした」とたたえるこの文章は、あきれるほどにまっとうである。なぜあきれるかといえば、これを書いたのが敵方のアメリカ人、それも実際に対戦した当事者であるからに他ならない。殺しあった相手に褒められ本まで書かれても、いまだ多くの日本人は理解していない。そこにあきれてしまうわけだ。

それはこの映画を作った人たちも同様で、彼らはなぜ47人の日本兵が、米軍の投降要請に逆らって山を下りなかったのか、はたして理解しているのだろうか。

というのも、この映画を見ても、なぜ竹野内豊率いるゲリラ軍団が、食料も弾薬もなし、衛生状態も最悪な、あそこまでキツい状況に追い込まれても無駄な抵抗(にしか見えない)を続けているのか、さっぱりわからないのである。この映画は、その理由を誰もがわかるように伝えるのが最大の目的ではないのか。原作者は少なくとも、それを伝えたくて書いたと言っている。

とすれば、作り手がそもそもよく理解していないと結論づけるほかないではないか。

『太平洋の奇跡-フォックスと呼ばれた男-』を見ていると、どうやらフォックスなるこの伝説の大尉殿は、命は助けるから出ておいでと言ってるやさしい米軍に投降することもなく、わがままを言って仲間と環境最悪な山にこもっている。やがて物資がなくなるたび、麓の収容所に出かけて行って、その米軍の倉庫から食料だの医薬品だのをコソコソ盗んできたりする。米軍は薄々気づいているけれどもオトナだし、無理して山攻めして自軍に被害を出したくないので放置している──。

これではまるで、借りぐらしのアリエッティではないか。サイパンの生存兵はかわいい小人か。

そういう事実があったのはわかるものの、もう少し緊張感というものが必要だし、彼らがそこまでして山にいる理由を描き切れていないからおかしなことになっている。

日本兵の描写もいくつか気になる。たとえば生存兵の中に、堀内今朝松(唐沢寿明)という元極道だった男がいるが、軍服をはだけて刺青をみせつけ、スキンヘッドというキャラ造形は一歩間違うとギャグマンガだ。やるならやるで、相当慎重にしないといけない部分といえる。

だいたい、ろくな水場もないサイパンの山で、あのきれいなスキンヘッドを彼はどう維持しているのか。経験者としてはどうしても気になってしまうのである。

スキンヘッドとは、マメで器用な、いわば女性的な男性でなければできない髪型だ。日に2回は剃らないと、美しく保てない。むろん、シェービングクリームやスキンケアローションは必須。日焼けと皮向けで大変なことになるので直射日光はご法度、紫外線対策は絶対に必要である。青々とした剃り跡を見ると、あのやくざ兵も、そんなことをやっているのだろうかと気が気でない。

むろん、本作が娯楽色の強い戦争アクションというならいいが、史実の映画化、まして原作者が願ったコンセプトを再現しようとするならこうした部分は見過ごせまい。映画的リアリティというものを、少しは考慮する必要があるはずだ。

結局のところ、軍事・戦争に関する想像力が、この映画には決定的に欠如しているのだろう。こういういびつな戦争映画は、おそらく現代の日本以外では作られることはない。

山田孝之をはじめとする日本兵は、なぜ徹底抗戦にこだわるのか。なぜ命が助かるのに投降しないのか。機関銃を前に自殺行為でしかないバンザイ突撃などというバカなことをやったのか。現代の価値観では、到底理解できないことばかりだ。

軍人とは、現実主義者でなければ勤まらないはずなのに、なぜそんな不合理な行動をとったのだろうか?

あえてここに書きはしないが、むろんそれは論理的に説明がつくことだ。こうした映画には、現代の日本人にそうした事柄をわかりやすく伝えてほしいと思う。

だが本作をみると、アリエッティ軍団は腹が減りすぎて判断能力が鈍ったただの強情っぱりのお馬鹿さんに見えてしまう。これでは原作者が泣くし、靖国に祀られた人たちも頭を抱えてしまうだろう。戦闘シーンはハリウッド風味の迫力があるし、役者たちもいい具合に痩せて頑張ったのにもったいない。

もっと冷静に、感情的にならずに日本の近代史を描ける監督なりプロデューサーはいないのだろうか。戦後まだそれほど時間がたってない頃の日本映画には、少なくともまともな軍事センスを持つ作品があった。今は国内にはほぼ皆無で、いいと思えばイーストウッドのアメリカ映画だったりする。いつまでこんな状況が続くのだろう。

タッポーチョ 太平洋の奇跡 「敵ながら天晴」玉砕の島サイパンで本当にあった感動の物語 (祥伝社黄金文庫)
これがその原作本。
大日本国防史
戦争映画、これからは狙い目だと思うのですがね。


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