『雷桜』40点(100点満点中)
The Lightning Tree 2010年10月22日公開 全国東宝系 2010年/日本/カラー/133分/配給:東宝
監督:廣木隆一 原作:宇江佐真理「雷桜」(角川文庫刊) 脚本:田中幸子、加藤正人 出演:岡田将生 蒼井優 小出恵介 柄本明

≪頑張ってはいるがまだまだ≫

最近は若い人に時代劇が人気なので、人気タレントを起用したアイドル時代劇が増えている。だが時代劇とは本来、それ専門といってもいいプロの職人的な俳優がメインを張り、手慣れた様式美でうっとりさせるのが基本。その意味では、現代劇中心に活躍してきた俳優および監督による『雷桜』とて、いわゆる流行りものの範疇に入れられてしまうのはやむを得ない。

こうした「非本格時代劇」を批評家がけなす際のポイントは決まっている。

一般のお客さんと違って私たちは、まず馬のシーンに注目する。アイドル時代劇のほとんどは、バストアップと超ロングショットの二つしかない。前者は本物の馬の上で演技する必要がなく、後者はボディダブルでごまかせる。

役者に乗馬を教えるのは時間と金がかかり、うまくいったとしても短いショットしか撮影できないのが常なので、結果的にその二種類のショットが多用される事になる。

同じ理由で、複雑な殺陣も形になりにくいから、必然的に顔に寄ったショットを細かくつなぐアクションシーンになる。フィクス(固定)のカメラで長まわしをして、7人も8人もぶった切るのは、まさに時代劇スターの面目躍如である。

そんなわけで、そのあたりにケチをつけた文章をでっちあげておくと、なんとなく批評家ぽくなるわけだ。

ところがこの『雷桜』は、主演二人は時代劇俳優ではないというのに、(数秒ではなく)長時間の乗馬シーンや殺陣がある。最初はCGで顔面合成でもしているのかと考えていたが、これ見よがしに長々と撮ってるのでもしやと思ったところ、本作の乗馬シーンはすべて吹き替えなしだという。

これには感心。やはり映画撮影とはそういう贅沢をしなくては。よってこれからこの映画を見る方は、その長い乗馬シーン、殺陣をじっくり堪能していただきたい。それが金と時間をかけた時代劇「映画」ならではの楽しみだと私は思う。

徳川家斉の十七男、斉道(岡田将生)は、幼少時代のあるトラウマがもとで心の病を患っていた。そんな彼が静養地として選んだ瀬田村の山には、銀杏の株に桜が根付いた「雷桜」と呼ばれる奇妙な大木があった。そこで斉道は、野山を奔放に駆け回る不思議な娘、雷(蒼井優)と出会う。

将軍家の殿としての立場的孤独、母の愛を受けられなかった生物的な孤独の両方を抱える主人公は、それを癒してくれるヒロインに恋をする。彼女はある事情により、幼少時から山で育った野性味あふれる自然派女子。将軍家だのなんだのといった世事にはまるで無知で、身分の差などという発想もない。そんな彼女との交流により、斉道は幸福感を感じるわけだ。せんせせんせと呼ばれるような立派な男性に限って、夜にはS女子から虐待される事で喜びと癒しを感じるようなものか。

まずヒロインを演じる蒼井優だが、演技が単調でこれまでどの映画を見てもパッとしない。運動神経がいいからバレエやダンスを踊ったり、本作でいえば乗馬をするような「身体を使う」場面では目を引くが、演技そのもので心を揺るがすレベルにはまだ至っていない。おまけに本作のヒロインは、オオカミ少女のように自然の中で育ったという難しい設定のキャラクター。彼女でなくとも荷が重い。ただし濡れ場では意外なほど露出していて驚かされる。あそこまでやるとは。

また個人的には、劇中で18年もたったらもう別の役者を使ったほうがいいと思う。役者を老けさせるのは、CGだろうがメイクだろうがハリウッドの最新技術でも違和感バリバリであり、現状では無理というのが私の考えだ。

山の風景がなんだか日本にはみえないなと思っていたが、聞くところによるとロケ地は沖縄だという。なるほど、それなら納得である。内容がファンタジックだから、それはそれでありだろう。セットとして建てられた雷桜は銀杏と桜のあいの子。二つの名を持つヒロイン、そしてあまりに立場が違いすぎる男女二人の関係を象徴する重要なオブジェだが、これも少々色合いが華やかすぎて周辺の景色から浮いている。

そうした細部に目をつぶれるほど、ドラマが感情に響くこともない。この難しい内容を映画化した割には頑張ったほうだと思うが、積極的にすすめるレベルには達していないというのが結論だ。



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