『ルイーサ』55点(100点満点中)
Luisa 2010年10月中旬、ユーロスペースにてロードショー 2009年/アルゼンチン/カラー/112分/配給:アクション
監督:ゴンサロ・カルサーダ 脚本:ロシオ・アスアガ、出演: レオノール・マンソ ジャン・ピエール・レゲラス エセル・ロホ

≪この落としどころしかないという現実が怖い≫

今年のノーベル経済学賞は、失業のメカニズムを解明し「求人があるのになぜ失業者が増えるのか」といった謎を解き明かしたノースウエスタン大のデール・モルテンセン教授らに与えられた。

続けても何のスキルも実績も労働の達成感も得られない、人生を無駄にしている感を味わうだけのクズ仕事しか無いのだから、求人が多くあるように見えても失業者が減らないのは当たり前だ。腹が減ってるからと言っても、差し出されたのが腐った果物ばかりなら、拒否する権利は誰にでもある。今後は経済理論からもこうした現状を、広く伝えてくれるようになればいいが。

人様のつくった映画に言いたい放題点数をつける仕事もろくなものではないが、それでも映画と支持する読者がいる限り、なんとか生きてはいける。とはいえ安定など皆無だから、もしこういう仕事をやりたいなら、いざという時のためダンボールハウスの組み立て方くらいは知っておく必要がある。

だが、本当に恐ろしいのは、安定していると思っていた仕事を突然奪われる瞬間だ。しかも、すでに老境に入った時にそんなことをされたら、待ち受けるのは絶望の闇である。

舞台はアルゼンチンの首都、ブエノスアイレス。60歳のルイーサ(レオノール・マンソ)は、ある日愛する唯一の家族、猫のティノが死んでいるのを発見し悲嘆にくれる。しかも悪いことに、長年勤めた墓地管理の会社からは退職金もなくクビを宣告され、もう一つの仕事も同時に失う。ティノの埋葬費用さえねん出できなくなってしまった彼女の生活は、早くも追いつめられてしまうのだった。

女性が一人きりで、ダブルワークで働くのは大変なことだ。ほんのちょっと前に国家経済が崩壊し、まだ復興途上であるアルゼンチンにおいて、彼女は一つの職場にすべてを託す危険性を身をもって知っていたのだろう。たとえ一か所の給与は安くとも、二か所三ケ所と掛け持ちすることで一気にすべてを失うリスクを避けることができる。そんな生き方をする女性は、これまでそうとうな苦労をしてきたのだろうと察しが付く。独身Aちゃんに振られても、人妻Bちゃんとダブル恋愛しておけば一気にシングルになることはない。危機管理の行き届いた恋愛を目指す私としても、大いに共感できる生き方である。

ところが悪いことは重なるもので、ルイーサの場合は一気にすべての収入源を失い、さらには最愛の家族さえ失う。孤独と貧乏。不幸のダブルパンチときたものだ。

しかしさすがは経済崩壊の国を生き抜いてきた女性である。ルイーサは地下鉄にもぐり、そこで物乞いや物売りをして日銭を稼ごうと頑張りはじめる。だがそこには乞食業界の縄張りや、普通じゃ知らない商品の仕入れ先など特殊なマニュアルが存在する。新参者の彼女に付け入る隙はない。貧乏業界は巨大なうえに歴史が長く、そこで成功するのは至難の業なのであった。

熟女の物乞い奮戦記である本作のストーリーは、地下鉄を舞台にした脚本コンテストから生まれた。舞台となるブエノスアイレスの薄汚い地下鉄の駅で、彼女は様々な出会いをし、経験をし、そしてちょっぴりの希望を見つける。

だがはたして、この落としどころを私たちはどう解釈したらいいのだろうか。

貧乏人が幸せになっておしまい、そんなストーリーはもう現代では通用しない。あまりに楽観的すぎるし、嘘っぽいからだれも共感しないというわけだ。あのディズニーのアニメでさえ、失業者やリストラを裏テーマにした作品を作る現代社会の底なしの怖さを、改めて私はこの映画から感じ取った。

猫の埋葬をどうするかという要素をもってこなければ、落としどころすら見つからない。脚本作りの自由さをここまで制限してしまういまの時代の閉塞感、先の見えない感覚を見せつけられたようで、暗澹たる気分にさせられた。



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