『不食の時代 〜愛と慈悲の少食〜』55点(100点満点中)
2010年10月9日、渋谷アップリンクXほか全国順次公開! 2010年/日本/カラー/84分/配給:イメージ・サテライト
製作・監督:白鳥哲 出演:森美智代 赤池キョウコ 境野米子 森垣奈津子 松井進 昇幹夫

≪食べずに生きている人たちのドキュメンタリー≫

女の子はそろって痩せたい痩せたいというものだが、その答えは簡単だ。食わなきゃいいのである。物事はかようにシンプルなものだが、それがなかなかできない。ピザやアイスクリームは食べたいが痩せたい。嫉妬深い独身のAちゃんを好きだが、人妻のBちゃんとも付き合いたい。そんな不条理を追い求めるから人は苦労するわけだ。

しかも面倒なことに、シンプルに見えた真理もじつはそう単純ではない現実がある。食わなきゃ確かに痩せるが、それはある程度まで。人間には基礎代謝量というものがあって、それは心臓やら脳みそやらがスムースに動くための、ようは生命維持に最低限不可欠なカロリーのことである。

食べなきゃ痩せると思って摂取カロリーを減らし、やがてこの限界ラインに近づいてくると何が起きるか。

身体は生命の危機を感じて、基礎代謝量を減らそう(少ないカロリーで生きられる体になろう)とするのである。異化作用によって、体中の筋肉が分解されてゆき、その結果、基礎代謝量は減り始め、ほとんどカロリーを摂取していないにもかかわらず、結果としておなかの贅肉は増えていく。

このように、行き過ぎた食事制限は、ダイエットとも健康とも程遠いプロセスをたどる。

ところが世の中には、明らかに基礎代謝量以下のカロリーしか摂取していないにもかかわらず、健康に生きている人々がいる。断食と生菜食が特徴の「甲田健康法」の実践者を追いかけたドキュメンタリー「不食の時代 〜愛と慈悲の少食〜」には、そんな栄養学の常識を打ち破った人々が多数登場する。

俗に不食と呼ばれるこうした健康法自体、昔からあるにはあるのだが、この映画にでてくる森美智代 さんのケースは常軌を逸している。なんと彼女は、15年間以上一日一杯の青汁だけで健康に過ごしているのだ。まずーい、もう一杯、どころの騒ぎではない。

1万人に一人の難病に悩まされ、現代医学に見放された彼女は、甲田医師に出会って断食や生菜食によってそれを克服。それ以来、小食健康法を自ら研鑽し、今日に至ったという。摂取カロリーは一日たったの60キロカロリー。ちなみにコンビニのおにぎりでさえ一個200キロカロリーを超える。60kcalというのがいかに無茶苦茶な数字かがわかるだろう。

彼女のみならず、この映画には基礎代謝量(除脂肪体重や年齢によりそれぞれ異なる)を下回る摂取カロリーしか摂っていないと思しき人々が何人も登場する。彼らの証言や、甲田医師とその健康理論に魅せられた関係者のインタビューによって本作は構成される。

いろいろ仰天の話がとびだすが、体重あたりの最大酸素摂取量が、この生菜食健康法をやったら1年後にマラソン選手並みに向上していたデータを聞くに至っては、いったいなんでそんなことになるのかと頭を抱える。今後アスリートは何も食わないで自家製の青汁だけ飲んでいれば、一流になれるかもしれない。

きわめて興味深い題材だが、不満なのはこうした驚きの事実を検証することなく、単なる甲田健康法の紹介に終わっていること。それならせめてハウツーとまでいかなくとも、具体的な実践法まで見せてほしかったがそれも不完全。

ビックリ証言は刺激的だが、延々とそればかり聞かされても困る。もういいから次いって次、となってしまう。映画としても、信者たちの自己賞賛と満足体験記になりかねない。植物のオーラが見えるなんて話が出てくれば、それはもうオカルトの世界である。一般人はドン引きだ。

もっと作り手に好奇心と一歩引いたクールな視点があれば、ここで得た証言を他の研究者にぶつけてみるとか、あるいは自分で実践してみるなんて事もできただろう。実際パンフレットには助監督の不食体験記がのっていて、これがすこぶる面白い。なぜ映画の中に入れないのかと思うほどだ。

あまりに科学的な常識を超えた話ばかりだから、観客はマイナス情報も見たいと思う。それに監督らが中立的立場だという点をみせてくれないと、ほんとはカメラの裏側でデラックスピザでも食わせてるんじゃねえかとか、あらぬ疑いが脳裏をよぎる。

また、不食が成立するならば世界の食糧問題も一気に解決するのだから、そうした社会問題と絡めた視点をもっと強めても面白くなったはず。海外でも受けるに違いない。

それにしても、森さんたちはなぜ幸せそうに、健康に生きていられるのだろう。

私が推測するに、異常なまでに(不治の病が治るほどに)免疫力があがっている事実から、おそらく人体が緊急事態と判断して火事場の馬鹿力を出している状況なのだろう。もともと人の潜在能力の過半数は、普段は眠っているといわれている。私などは、たぶん一生眠りっぱなしである。

だが、ちょっぴりしか食べなくても生命維持が可能な、未知なる機能がじつは人間には備わっていて、その能力のいくらかを彼女たちが日常的に発揮しているのだとしても不思議はない。

もっともそんなエンジンフル回転の生き方が、(短期、緊急避難的ならともかく長期的に)本当に体にいいかどうかはわからない。彼らはその勇気ある実践者であり、興味深い観察対象だ。

私も大いにインスピレーションがわいたし、これを見て不食に挑戦してみようと決意した。でもキツいので、とりあえず執筆中のチョコレートの不食だけに留めておく。

「食べること、やめました」―1日青汁1杯だけで元気に13年
その森さんの著書です。
超愛 性器なんて使わない
不食といえばあの人、によるセックス法。無射精、無勃起、無挿入だそうです。発想の転換…なのか?


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