『名前のない女たち』55点(100点満点中)
2010年9月4日(土)より、テアトル新宿(レイトショー)、新宿K's cinema(モーニングショー)他、順次全国ロードショー 2010年/日本/カラー/HD撮影/16:9/ステレオ/105分/配給:ゼアリズエンタープライズ+マコトヤ
監督:佐藤寿保 原作:中村淳彦「名前のない女たち」(宝島社文庫) 脚本:西田直子 出演:安井紀絵 佐久間麻由 鳥肌実 河合龍之介 木口亜矢

≪AV版、下妻物語≫

日本のアダルトビデオは一日に50本以上も作られており、もはや世界トップ級の映像産業といっても差し支えない。ファンの熱狂度も半端ではなく、そうしたマニアが集まる掲示板等で無名女優の写真を一枚見せると、それだけで即座に出演作から名前まで返答があるほど。くれぐれも、ふざけ半分で奥さんの若いころの写真などは見せないことである。知らぬが仏という、えらい人の言葉もある。

ともあれ、この業界では年間のべ数万人の女優たちが働いているわけで、ちょっと想像しただけでも人間ドラマの宝庫だとわかる。中でも、様々な理由(身内バレ防止、容姿がイマイチ等)で名前を出さない、いわばその場限りの「企画女優」の存在は、誰もが多少なりとも興味を持つところ。『名前のない女たち』は、そんな彼女たちの内面に迫るドラマである。

人並み以下の服装センスと引っ込み思案な性格のせいで、誰からも本気で愛されたことの無い平凡なOL純子(安井紀絵)。そんな彼女が、偶然街でAV女優にスカウトされた。「人生を変えたくない?」の一言に惹かれた彼女は、そのまま企画女優として集団学園ものAVに出演する。そのショッキングな体験は、しかし彼女に大きな満足感を与えるものだった。

このヒロインは、不器用を絵に描いたような生き方をしてきた女。たとえば知性が高くとも、破滅の美学に取り付かれているとでも言おうか、ダメンズを救う事に生きがいを見出すような女性はたまにいる。いわゆるボランティア女というやつで、これは知的で生活力のある美人に多い。男にもモテる。

しかしこのヒロインはそうではなく、同じ不器用でもほとんど知的能力が足りていないのではないかと思わせるタイプである。というより、たぶんそういう裏設定になっているのだろうと私は認識した。彼女が同僚の元ヤンAV女優に「顔かせ」と言われた後の不自然なやりとりをみれば、そう思わざるを得ない。こうした例は特殊でもなんでもなく、性産業に就き、生きがいを見出すタイプの知的障害者は決して珍しくないのだと、介護福祉に詳しいジャーナリストの山本譲司氏も言っている。この映画ではたくさんの「イタさ」「せつなさ」が描かれるが、それは言いようの無いやるせなさでもある。

そもそもこの映画は、実際の企画女優多数にインタビューした中村淳彦のノンフィクションを元にしているから、内容のリアリティは高いと見てよい。

ただ、ピンク四天王の異名をとる佐藤寿保作品の持ち味は、エロスと狂気の交錯する世界観であり、原作のコンセプトとは異なる。この作品でも終盤は、スプラッター風味の非現実的な展開になっていくが、私はこの流れに大きな違和感を感じた。

この映画は、日の目を見ない企画女優という職業と、そこで働く女性たちの実態を描くことが大きな目的のひとつとなっていたはず。だから、大勢にインタビューした「本物」の原作資料を参考にして作られているわけだ。ならば最後まで現実の枠組みの中で展開させてほしいし、すべきだと思う。観客に「作り物くさい」と思われたら、この手の作品は終わりである。

コスプレオタクのキャラで人気を博したヒロインが、はじめてファンから手紙をもらい、やがて自分の居場所を感じる物語。ヒロインの隠れ設定を生かせば、誰もが見ようとしないが確かに存在する「現実」を、堂々と見せられる人間ドラマに昇華させることも出来たろう。それを狂気の世界観に持っていくことは、現実を真剣に生きる人々の努力と苦しみから、結局目をそむけたことにはならないか。

なお、主人公を演じる新鋭の安井紀絵は21歳。やがて親友となる同僚の元ヤンAV女優役の佐久間麻由は25歳。二人とも、見事な脱ぎっぷりでAV女優を演じている。二人とも味のある見事な肢体だが、とくに佐久間麻由の美乳っぷりは、専門家である私の目からみても特筆に価する。彼女をまだ知らない方は、映画館で体験しても損は無い。下手な3D映画などみるより、よほどお得感を味わえるであろう。

名前のない女たち (宝島社文庫)
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