『ベスト・キッド』65点(100点満点中)
The Karate Kid 2010年8月14日(土)、新宿ピカデリーほか全国ロードショー! 2010年/アメリカ/カラー/140分/配給:ソニー・ピクチャーズ
監督:ハラルド・ズワルト 製作:ウィル・スミス、ジェイダ・ピンケット・スミス 脚本: クリストファー・マーフィー 出演:ジェイデン・スミス ジャッキー・チェン タラジ・P・ヘンソン ハン・ウェンウェン

≪傑作になりかけたが最後で台無し≫

基本的に、映画はその時代の人々の興味のあることをネタにするものだ。私なら、1970年代のボディビルダー、アーノルド・シュワルツェネッガーやフランコ・コロンブ、マイク・メンツァーらの確執を描いた映画があったら喜んで見に行くが、そんなものを2010年の日本で公開しようとしても、銀座シネパトスですら見向きもしないだろう。

娯楽映画は時代を映す鏡といわれるほどで、その時々の人々の嗜好を表すいい指標である。

そう考えると、リメイク版『ベスト・キッド』が中国人師匠と米国人少年の師弟愛、というか擬似親子愛を描いたことはたいへん興味深い。なんといっても84年のオリジナル版は、いうまでもないが日本人師匠とアメリカ人少年の師弟関係を感動的に描いたドラマだったのだから。

アメリカから母の仕事の都合で北京に越してきた少年ドレ(ジェイデン・スミス)は、誰一人知り合いのいないこの国になじめずにいた。ようやく地元の美少女と仲良くなれたと思ったら、それを快く思わない不良グループに目をつけられ、クンフーで痛めつけられる。やがて見かねたアパートの管理人ハン(ジャッキー・チェン)は、彼にクンフーを教えるのだが……。

プロデューサーとして参加するウィル・スミス&ジェイダ夫妻が英才教育を施した愛する息子ジェイデンを主演にすえた、万全の親ばか布陣。師匠役のジャッキー・チェンは、アクションよりも後半の擬似父子関係ドラマを重視した名演。おかげで彼がハリウッドに進出した後のアメリカ作品としてはトップクラスの傑作となった。

アクション控えめとはいうものの、ジャッキー演じるハンが、主人公少年の大ピンチに颯爽と現れ救うシーンのヒロイックさといったらない。若いころのような「見世物」としてではなく、物語上の必然として使うクンフー。その技のキレ、突きの重さ、安定した体幹部の重心など、完璧すぎて言葉も出ない。このシーンは、ここ数年の彼の映画の中でもベストバウトだと私は思う。少なくとも私は、こういうジャッキー映画をずっと見てみたかった。

なお「ベスト・キッド」は、母子家庭の限界をさりげなく描いたドラマでもあり、男の子を育てるために父性は絶対に必要なのだという、きわめて保守的な思想をもつ作品である。オリジナルでは女の子とのデートシーンなど、執拗に母親のうざったさを描くことでそのあたりが端的に表現されていた。本作でも似た描写はあるが、子離れできない母親に、それでもつきあってあげる息子の優しさにはほっとさせられる。

本作の持つこうした考え方が、フェミニストの国アメリカの国民の目にどう映ったのかはわからない。だが、ミステリアスな東洋の文化とともに、広く受け入れられたのは確かだろう。

ミステリアスという意味では、香港映画ですっかりおなじみのクンフーよりは、オリジナルの沖縄空手のほうがはるかに上。いまや語り草となっている、家事で空手の練習をするトンデモ会得法も、カラテならありうるかも……と思わせるだけの神秘性が(当時の米国内では)感じられた。ちなみに、このシーンは本作でも踏襲されている。

かようにオリジナルをうまく生かし、舞台だけを没落する日本から昇り竜の中国へと変更したリメイクであったが、ただ一点、やってはいけないことをやってしまった。それは、例のラストの失笑ものの必殺技まで(別の形で)再現してしまったこと。あんなところを似せる必要などは無い。あれこそは80年代の恥ずかしい過去そのものだ。

これのおかげでそこまでのジャッキーの重厚なシリアス演技も水の泡。なんだありゃ、と興ざめである。そこさえ決まれば見事に試合終了、となったと思うのだが、つくづく残念である。



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