『ソルト』55点(100点満点中)
Salt 2010年7月31日、丸の内ピカデリー、新宿ピカデリー、渋谷シネパレス他 夏休みロードショー 2010年/アメリカ/カラー/100分/配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
監督:フィリップ・ノイス 脚本:カート・ウィマー 出演:アンジェリーナ・ジョリー リーヴ・シュレイパー キウェテル・イジョフォー
≪個性に欠ける上、迫力不足≫
若手セクシー女優世界一といわれるミーガン・フォックスの主演作が公開される週に、元祖セクシー女優というべきアンジェリーナ・ジョリーのアクション映画が公開される。ミーガンはアンジェリーナ・ジョリーの再来と言われている程よく似たタイプであり、日本でめでたく直接(?)対決が実現したことになる。
CIAロシア担当部の優秀な局員イヴリン・ソルト(アンジェリーナ・ジョリー)は、直属上司で任務上の恩義もあるウィンター(リーヴ・シュレイバー)とともに、ロシアからの緊急亡命者の尋問をすることになった。この男はロシア大統領の近くにいた大物であったが、各種スキャンの結果、嘘を言っていないことが証明された。ところが最後に男が発した証言が、二人と局内に衝撃を与える。彼はこう言ったのだ。「わがロシアの誇る優秀なスパイがすでにアメリカに潜入している。彼女の名はソルトだ」
サービス残業のつもりで気軽にひきうけた尋問が、主人公をいきなり大ピンチに陥れる。この証言の瞬間、仲間だった周りのCIAスタッフの目つきが豹変する。盟友のウィンターだけは彼女の味方をしてくれたが、それでも彼の表情から狼狽の色は隠せない。さあどうする、すぐに逃げなければスパイ扱いされ大変なことになる!
こんな感じでいきなりハイスピードのアクションが展開するが、運動不足かその勢いはすぐに失速する。ミーガン・フォックスの新作も萎え萎えだが、こちらも負けていない。できれば出来のよさで競ってほしいものなのだが。
いろいろと問題点はあるが、アンジェリーナ・ジョリー主演作らしい個性がない点が一番まずい。だいたい本作は降板したトム・クルーズの後に彼女が決まり、主人公の性別が書き換えられた時点で、「ジェイソン・ボーンやジェームズ・ボンドをセクシー女優アンジェリーナが演じたらどうなるか」が最大の焦点となった企画である。それらの元ネタ作品を吹っ飛ばすような面白さ、個性がなければ話にならない。
なのに、リアル系スパイアクションとしては、アイデアも格闘のスピード感もボーンシリーズの足元にも及ばず、007のような色気もしゃれっ気もない。ちんちくりんな細いオンナがちょこちょこ逃げ回るだけの、悲しいほどに迫力に欠けたシーンが延々と続くのみ、である。別にアンジェリーナさんの谷間がみたいとか、色っぽい唇のアップが見たいなどとは言わないが(註・断じて本当)、もうすこし彼女らしさを引き立てるアイデアを出さねばまずかろう。
男の軍服で変装してホワイトハウス潜入とか、跳弾気にせず撃ちまくりとか、プロらしからぬ動き……というかトンデモすぎる描写も目立ち、演出の一貫性をスポイルする。オンナとしての悲しみを感じさせる展開もあるにはあるが、とってつけの感が否めない。
そもそもソルトさんがなぜこんなに超人なのか、その理由付けも十分とは思えない。手塩にかけて育てられた凄腕諜報員であっても、同じく過酷な訓練を受けた敵たちが瞬殺される説得力にはなりえない。となると結論は、アンジェリーナ・ジョリーだから強い、という回答しか残らなくなってしまう。それでもいいかもしれないが、個人的にはそれが許されるのは、ララ・クロフトを演じるときくらいだろうと思う。
ストーリーは単純なわりにテンポが悪く、少々退屈するが、見ようによっては笑える部分も。そのひとつは、黒幕がアメリカを滅ぼそうとするための手段。脚本書いてる本人も気づいてないんじゃないかと心配になるほどの人種差別的発想に加え、デタラメにも程があるスケールの大きさに大笑を禁じえない。
もっともそんな内容でも、金融危機の前、まだアメリカの一極支配が磐石と思われていた頃に公開していたならば意味合いも変わっていたはずだ。だが結論からいえば、現在みるなら完全に笑い話。引き合いにだされた某民族の皆さんも、あきれて怒ることさえないだろう。
本作の大テーマのひとつで、長期間、本国と連絡すら取らずに一般人として敵国で暮らす「スリーパー」スパイの存在についても、今に始まったものではない。この点も新鮮味や現代性を感じさせない原因となっている。
アメリカ殺すに軍隊はいらぬ、ドルにそっぽをむけばいい。ロシアや中国はすでにそれを実行し、ここ数年の歴史で証明している。そんな時代にこんな大げさな「アメリカ殺し」の話をされても、ほほえましいお笑い以上のリアリティは持ち得ない。
なお本作は、どうやら続編に続くような形で終わる。次はもう少し谷間、いやアンジェリーナらしさにこだわってほしいところだ。