『インセプション』65点(100点満点中)
INCEPTION 2010年7月23日(金)より丸の内ピカデリーほか全国ロードショー 2010年/アメリカ/イギリス/カラー/2時間30分(予定)/配給:ワーナー・ブラザース映画
監督・脚本:クリストファー・ノーラン 製作:エマ・トーマス 出演:レオナルド・ディカプリオ 渡辺謙 ジョゼフ・ゴードン=レヴィット マリオン・コティヤール エレン・ペイジ

≪たいした超大作、休養をとって本気で挑むべき≫

どんな分野であろうと、すべてを知っている人間などいない。つまりは、誰もがあらゆる物事を、不十分、不完全にしか知らないということだ。だからすべてを把握し、忠実だと思っていた奥さんが隣の大学生と浮気していたとしても、あなたはショックを受ける必要などない。

そんな何の気休めにもならない事を書いてもしょうがないわけだが、そもそも「知らない方が幸せなのでは?」と感じる局面は、だれでも一度くらい経験したことがあるはずだ。

たとえば、日本経済の問題点を調べていけば借金の総額に誰もが唖然とする。だがより調べればそれが財務省による数字のトリックで、まだまだ挽回可能なものであることも同時にわかるだろう。ただし、より興味を持って追求していけば、そんな解決策を採用する政治はこの国にもう存在せず、もはや大増税の暗い未来しか事実上存在しないことを知ることになる。

こんないやな気持ちになるくらいだったら、国や経済の事など最初から考えず、隣の大学生をどう口説くかだけ考えて暮らしていたほうが、よっぽど幸せなのではないか。そう思ったとしても無理は無い(重要な註・私の体験談ではありません)。

現実と非現実の境界。真実(と信ずるもの)を知ったほうが幸せなのか否か。そんなややこしい哲学的問題を描く『インセプション』は、映画の内容もかなり複雑。監督のクリストファー・ノーラン(「ダークナイト」ほか)ではなく、主演のレオナルド・ディカプリオ&渡辺謙の名前に惹かれた人。あるいは予告編の大迫力スペクタクル映像を見たくて映画館に出かけた人は、この映画の前ではあまりにも無防備。

『インセプション』は本来、前日には十分な休養をとり、ワンシーン、ひとつの台詞たりとも見逃さない覚悟で、3回くらいは見ないと作品の真意を理解するには至らないであろう、重厚な作品である。

他人の夢から深層心理に侵入し、アイデアの段階で企業秘密を盗み出す企業スパイ、コブ(レオナルド・ディカプリオ)。名実ともに業界ナンバーワンの腕を持つ彼とそのチームは、しかし大企業の経営者サイトー(渡辺謙)への侵入中、本人の強力な精神的抵抗の前に敗れ去る。だがそれは、最初からサイトーが仕組んだ「テスト」であった。類まれな能力を認められたコブは、サイトーからかつてない難解なミッションを依頼される。

まず冒頭から感じるのは、編集が不親切設計で、その結果、作品世界のルールがきわめてわかりにくいということ。これは現実と非現実の境界をあいまいにするための意図的な演出だろうが、何の予備知識も無い場合、かなりの混乱が予想される。

さらに「マトリックス」シリーズを見ている人などは余計な先入観がさらなる混乱の元になる。両者は一見似てはいるが、実はかなり根本的な部分で「ルール」が異なる。

最低限の助言をしておくと、この作品における夢の世界を、対象個人の脳に侵入するようなイメージで捉えてはいけない。レオさまはじめ精鋭チームが侵入するターゲットの「夢」は、しかしそのターゲットの脳内だけにある要素で作られているわけではない。エレン・ペイジ演じる「デザイナー」は侵入先の夢の世界を(外部から)細かくデザインできるし、ほかにも姿かたちを自由に変えられる能力を持つ男などが存在する。対象の脳内にいるはずのない(ターゲットが一度も会ったことの無い)登場人物が出てきて、主人公を悩ませる場面も頻繁に出てくる。

ようするに、ここでいう夢はパソコンでいう共有フォルダのようなもの。本人も、侵入者たちも、互いに影響を与え合うことができるルールになっている。ユング心理学でいう、集合的無意識の共通、の概念をモチーフにしているのかなと思うが、私にとっては専門外なので詳しい方の解説を待ちたい。そうした教養のある方にとっては、きっと見ごたえがある作品であろうと予想する。

くせのある編集は最後まで続くが、とくにクライマックスではサイトーと主人公が絡む「あるべきはずのシークエンス」が100%カットされており、それがラストショットの絶妙な切り方へとつながる。ノーラン監督は、あえて解釈が真っ二つに分かれるように本作を作った。正解は出しませんから、さあ存分に議論してくださいというわけだ。

主人公に重要な影響を与える妻(マリオン・コティヤール)についても言いたいことはあるが、どう考えてもネタバレになりそうなので遠慮しておきたい。

映像面での見せ場は、さすがに馬鹿みたいな金をかけているので豊富にある。予告編にでてくる、世界が折れ曲がるようなシーンもいいが、個人的に面白かったのは無重力状態における格闘シーン。相当な想像力がないと、こういう場面を撮る事はできまい。大いに感心させられた。

上映時間も長く、作品の全貌を掴みきれたとは思えぬ現段階での満足度をあえていうならこのくらいの点数。凄いものを作ったものだと頭では理解できるものの、感情に響くものは少なく、改めて鑑賞したいという欲求はあまり起こらなかった。

信じたいものだけを信じたい。余計なことは知らないほうが幸せ。この映画の評価が異様に高い現状を見ると、今のアメリカ人はそんなふうに弱気になっているのだろうかと、じつに興味深く思えてくる。



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