『樺太1945年夏 氷雪の門』70点(100点満点中)
2010年7月17日(土)より、シアターN渋谷にてモロードショー公開 1974年/カラー/DV/119分 配給:太秦
原作:金子俊男 監督:村山三男 脚本:国弘威雄 出演:二木てるみ 鳥居恵子 岡田可愛 野村けい子 今出川西紀

≪ソ連に圧力をかけつぶされた、貴重な樺太史実映画≫

すでに公開されている反捕鯨お笑いムービー「ザ・コーヴ」だが、いまだにとんでもない内部情報が次々と入ってくる。ウェブでの公開は残念ながら遠慮するが、よくこんなものがアカデミー賞を取れたものだと呆れる話ばかりである。

それはともかく、あの映画が上映自粛されて上映館に空きができたため、『樺太1945年夏 氷雪の門』はモーニングショーからロードショーへ格上げ公開となった。

『樺太1945年夏 氷雪の門』は74年の製作当時、問答無用の武闘派超大国だったソ連の政府から直々に政治的圧力をかけられ、公開を止められたいわくつきの作品。うっとうしい抗議団体の相手をしてまで上映する価値はない(儲からない)と判断され取りやめられたイルカ映画とは違い、本当の意味で「表現の自由」を奪われた悲劇の映画作品である。

1945年、終戦を迎えた樺太は、主戦場にならなかったため穏やかな日々を迎えていた。ところが、日ソ中立条約を破り突如としてソ連軍が南進。脆弱な日本軍の防衛線はあっという間に破られ、住民たちは大混乱に陥った。真岡郵便局の交換嬢たちは、まだ少女といってもいい若さの者もいたが、避難民のためにと最後まで残ることを決意、上司に訴え出るのだが……。

戦争が終わっているはずの8月20日に起きた悲劇「真岡郵便電信局事件」の映画化。陸上自衛隊全面協力の戦闘シーンでは本物の戦車も登場、人気俳優を集め相当な制作費をかけた大作だったが、「反ソ的内容」とみられ、先述した上映妨害を受ける羽目になった。

やがてソ連崩壊のあとは、靖国神社や各地の上映会でのみ細々と伝えられてきた本作だが、デジタル処理で映像ノイズを取り去り、配給会社も決まり、ようやく全国公開の日の目を見ることに。

古い映画だから大作とはいえアクションシーンもそれなりだし、前半のおっとりペースも少々退屈だが、話が動き始める後半になると目を見張るいいシーンがいくつも出てくる。

特に今見て特徴的に思えるのは、日本軍の描写がまっとうな点。残虐な略奪集団でも愚か者集団でもなく、冷静に事態に対処するリアリストとして描かれている。これは、村山三男監督に軍隊経験がある事と無関係ではないだろう。たまにこうした古い映画と見比べると、映像はえらく進歩したが、軍隊描写は退化しているように思えてならない。

軍人の父が、家族を残して死地に赴く際、妻に子供たちのことを頼むシーンがある。ここでのセリフなどは、まさにリアリティの塊であり私は深く感動した。演技はもちろんの事、このセリフを堂々と書いたスタッフに、だ。ここは、作品屈指の涙を誘う名場面である。

残ったところで大したことができるわけでもないのに、なぜ少女たちは電信局に残ったのか。避難する時間はあったし、家族と助かることも出来たのに。ソ連軍につかまれば、強姦された末に殺されると当時の人々は信じていた。なのになぜ?

現代の発想・価値観で歴史を論じてはいけないというが、まったく同感である。今の価値観では、彼女たちの行動は理不尽で理解できない。彼女らの心を理解するには、ちょっとした想像力が必要だ。こうした映画はその大きな助けとなるが、こういう良作を見てもまだ「想像」できない人たちがいるのも事実。そうした人々が少なくなれば、日本もより成熟した国となれるのかもしれない。

終わったはずの戦争を戦い抜いた、民間人たちの知られざる物語。容赦なく銃弾に倒れていく彼らの姿から、私たちは何を学ぶべきなのか。

これは、まだ悲劇から28年しかたっていなかった時代の映画だ。作品からは、製作にかかわった人々の猛烈な怒りの記憶、しかし必死に冷静に事実を描こう、伝えようという気概が伝わってくる。だからこそ本作は、現代の観客の感情をも揺さぶる力がある。

単なるお涙頂戴ではない、戦争を身近に生きた人々からの渾身のメッセージ。映画館で見られるうちに、一度見ておいて損はない。



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