『ボックス!』55点(100点満点中)
2010年5月22日公開 全国東宝系 2010年/日本/カラー/126分/ドルビーデジタル/ビスタサイズ 配給:東宝
エグゼクティブプロデューサー:濱名一哉 原作:百田尚樹(「ボックス!」太田出版刊)  監督:李闘士男 脚本:鈴木謙一 出演市原隼人 高良健吾 谷村美月

≪キャスティングD頑張りすぎ≫

ボクシング映画にはずれなしとよくいわれるが、その原因は見る側の目が肥えていることが大きい。昭和の昔から国民的スポーツであるこの格闘技を、映画という作り物の上で再現するには、相当な工夫が要る。映画監督になるような世代の人なら誰もがそれを理解しているから、安直な実写映画が生まれにくいのではないかと想像する。

弱気な優等生ユウキ(高良健吾)は、ワルに絡まれたところを幼馴染のカブ(市原隼人)に助けられる。カブは勉強は苦手だったがケンカはめっぽう強く、高校生となった今では気鋭の天才ボクサーとして活躍していた。そんなカブに誘われ、やがてユウキもボクシングを始めることに。

その後の展開はどこかで見たようなパターンで物語重視派には物足りないが、青春の挫折を市原隼人が切ない演技で再現しており、大いに共感を誘う。形を変えてどこにでもある思い、友情とライバル心の葛藤に悩む男同士ならではの関係性を、穏やかなこの監督の視線で味わうのは心地よい。

筋書き的には、登場人物の死や友情、恋愛、挫折、地元大阪のゆかいな人々との交流、そしてライバル登場と盛りだくさんで、飽きはしないが詰め込みすぎな印象を受ける。キャラクターが立っているから連続ドラマでやったらよかったかもしれない。

特筆すべきは、市原隼人のボクシングシーンで、未経験から4ヶ月のトレーニングをしただけとは思えない切れ味を見せる。ボクシング映画で試合シーンがしょぼければどうしようもないが、平均以上のできばえ──いや、かなり見ごたえある部類に入るだろう。

ただ問題は、本物のボクサーをそろえたその相手役。とくにカブのライバル役を演じる諏訪雅士の存在感は異様である。彼はスーパーライト級の現役プロボクサーだが、その岩のような肉体、血に飢えた獣のごとき冷酷な目つきは、他の一般俳優たちとのバランスを著しく欠いている。その風貌は、彼を主演にターミネーターが撮れるんじゃないかと思うほど怖い。あんなのに勝てるわけがない。

主人公のライバルだから強そうな奴を見つけてきたのだろうが、キャスティングディレクターも張り切り過ぎである。市原も4ヶ月で動きはプロっぽくなれるが、プロに見える体作りまでするのは絶対に無理だ(アナボリック・ステロイドを使えば話は別だが)。というか、高校ボクシングの話なのでそんな必要はそもそもない。

市原隼人の頑張りが並でないことが伝わってくるだけに、それを吹き飛ばすかのごとき強烈な敵役の存在は少々気の毒であった。

とはいえ李闘士男監督はボクシングに詳しく、「デトロイト・メタル・シティ」(08年)で証明したように笑いやドラマのバランスを取るセンスが抜群にすぐれている。本作でもボクシングシーン、ショットをあえて「見せない」ことでリアルに感じさせる器用さを見せてくれる。まあ、あんな化け物相手じゃ、引きのフレーム内にまともに二人を並ばせるだけでリアリティは失われてしまう。これはやむなきことだ。

結局のところ、かなりいい線を行ってはいるが、スポーツ映画にとって最も重要な「勝利の説得力」が本作にも足りない。これだけ監督、撮影スタッフ、俳優、助太刀のスポーツ選手たちが素晴らしいパフォーマンスを見せても届かないのだから、これを実現するのは相当難しい事なのだろう。



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