『エンター・ザ・ボイド』70点(100点満点中)
Soudain le vide 2010年5月15日よりシネマとうきゅうスクエアにてロードショー 2010年/フランス/35mm/カラー/ドルビー/英語/143分/R18+ 配給:コムストック・グループ、トルネード・フィルム
監督/脚本:ギャスパー・ノエ 撮影:ブノワ・デビー SFX:ピエール・ブファン 協力:アニエスベー 出演:ナサニエル・ブラウン パズ・デ・ラ・ウエルタ シリル・ロイ
≪凶悪度はダウンしたが、相変わらずぶっとんだ映画≫
「東京はセックスに取り付かれた街だから(ロケ地に)選んだ」と、本作の監督ギャスパー・ノエは言った。このフランス映画界の鬼才は、よく日本を理解していらっしゃる。確かにある意味、日本人の性に対するこだわりはハンパではない。セックスと輪廻をテーマにした『エンター・ザ・ボイド』の舞台として、これ以上ふさわしい場所はないだろう。
新宿、歌舞伎町。ドラッグディーラーとして細々と生きているオスカー(ナサニエル・ブラウン)は、愛する妹リンダ(パス・デ・ラ・ウエルタ)を日本に呼びよせ、ようやく念願の二人暮らしを始めた。ところがあるとき、店に踏み込んできた警官に誤射され、あっけなく死んでしまう。
映画はすべてこのオスカー(とその魂)の主観映像で、高度なCG・編集技術により一切のカットを感じさせない。つまり143分間ワンカット&主観映像という、とてつもない変化球映画となっている。さすが前衛作家の名をほしいままにするノエ監督である。
見慣れた歌舞伎町、新宿を舞台にこんな浮揚感ある奇妙な映像を作り上げることができるなんて、誰も夢にも思わなかったことだろう。むろん、さまよう魂視線の退屈なユラユラフワフワ映像が続くだけではなく、途中には感受性を傷つける凶悪な残酷映像、ショッキングなシーンが適時はさまれる。そんなわけで心の弱い人にはまったくすすめられない。……というか、そういう人はたぶん、最初の"アレ"で退場するはめになるだろう。それほど、本作のオープニングは強烈・刺激的である。これを見逃したら大変もったいないので、間違っても途中入場などしてはいけない。
セックス描写も直接的で、作り物やCGがほとんどとは思うが男性のペニスもモザイクなしでガンガン登場する。とくに映倫に挑戦するかのような、クライマックスの結合シーンには唖然とする。あんなに明瞭に描写しているのに、あれではモザイクのかけようがない。
過激極まりない映像に酔いつつも、そこで描かれる主題に思いをはせる。明快な解釈にいたるかどうかはともかく、その作業が楽しくなる映画であることは確か。ろくでもない生き様を送った主人公のそれに、しかしどこか救いを感じさせる筋運びもうまい。ギャスパー・ノエはずいぶんと優しく、丸くなった。個人的には「カノン」の頃にみせた、どこかとち狂ったような凶悪な映画を見たかったのだが……。
本作は、輪廻(ただし転生ではないと思う。この監督はなかなかリベラルな死生観の持ち主ではないだろうか)を主題としており、そこに作品を読み解く鍵があるが、せっかくなので最後にひとつ、さらなるヒントを置いておく。
本作の英語題は「ENTER THE VOID」だが、仏の原題は「Soudain le Vide」である。一見同じ意味にみえるが、この二つは多少雰囲気が異なる。英語のほうは自分から「無」に向かうようなニュアンス。これに対し仏版は、突如すべてがなくなってしまった、唐突な無というイメージ。
英仏両方の言語に詳しい人物にこれを確認したとき、私は納得した。そうだろうなと思っていた。ギャスパー・ノエ監督にとっては、仏語のタイトルのほうがイメージに近かったのではないか、私はそう想像するのである。