『インビクタス/負けざる者たち』75点(100点満点中)
Invictus 2010年2月5日(金)丸の内ピカデリー 他 全国ロードショー 2009年/アメリカ/カラー/134分/配給:ワーナー・ブラザース映画
監督:クリント・イーストウッド 脚本:アンソニー・ペッカム 出演: モーガン・フリーマン マット・デイモン トニー・キゴロギ

南アW杯の年に、南アW杯の映画を見る

あるひとつのものに、さまざまな側面があったり多機能だったりすると、無性にうれしいものだ。

たとえばこの『インビクタス/負けざる者たち』という映画は、スポーツアクションであり、史実伝記であり、感動の人間ドラマでもある。さらにいえば、95年の南アフリカを舞台にしていながら、じつは現在のアメリカを強烈に比ゆした物語でもあったりする。こういう百面相の作品は、映画好きにはたまらない。清純派だけど夜は女王様、みたいな女性がモテるのと同じ原理である。

反アパルトヘイトの闘士マンデラ(モーガン・フリーマン)は、黒人の熱狂的な支持により大統領に就任する。だが、それまでの支配階級である白人との対立は深まるばかりで、社会の安定化を目指すマンデラにとって悩みはつきない。そこで彼は、まもなく開催されるラグビーワールドカップを利用し、国民の共生を実現しようと考える。

95年におきた実話の映画化で、マンデラとも旧知のモーガン・フリーマンが、イーストウッドに持ちかけ実現した企画である。イーストウッドは「ラグビーチームを国の団結に利用した物語にひかれた」と語っているが、常に「アメリカ」を描いてきた彼が真に心引かれたのは、この時代の南アがアメリカの現状とそっくりという点に違いない。

史上初の黒人大統領が、国を立て直すため困難に挑戦する──まさに現代のアメリカそのもののストーリーを、彼はマンデラ=指導者の強いリーダーシップと政治センスに焦点を当てて描いている。オバマのチャレンジの方は破綻の色濃く、いよいよ厳しくなってきたが、この映画のマンデラの政治家としての能力の高さは桁違いだ。

あえて白人のボディガードをつれて歩くなんてのは序の口で、ワールドカップを大胆な形で政治利用するなど、その手法は鮮やかの一語に尽きる。

美人のレンホーさんを事業仕分けの顔にした民主党が裸足で逃げ出す、命がけの政治パフォーマンスには惚れ惚れとさせられる。奇麗事ではない、これぞザ・政治映画。それでいて爽やかで、ユーモラスな感動ものに仕上げてしまうのだから、この監督に死角はない。

このほかマンデラの「凄み」を感じたシーンとしては、ナショナルチームの主将フランソワ(マット・デイモン)を部屋に呼ぶ場面が必見である。ここでマンデラは、ウィンドウペンのジャケットを着て彼にアフタヌーンティーをふるまう。これは地味だがまさに政治家としての「凄み」を表している。

いうまでもなく南アの白人の多くは英国由来であり、だから英国発祥のラグビーが白人文化の象徴となっている。つまりこれは、異人種のVIPに呼ばれて部屋にいったら、わざわざ自分一人のために着物を着て抹茶をたててくれていたようなもの。フランソワがこのときどう感じたか、説明するまでもないだろう。

結局ここでマンデラは具体的な話を何もしないが、その心は完璧に主将に伝わることになる。この映画有数の感動的な名場面だが、じつはこのときマンデラは、人懐っこく笑いながら同時にフランソワの退路を断っているのだ。

本作品がストーリーの裏側でアメリカの今を描いていることを念頭に、この後のフランソワの行動や台詞に注目すると、イーストウッド監督がアメリカ人に向けたメッセージをたやすく感じ取ることができ、これまた興味深い。

2010年はなにかと南アが注目される年だが、それにしても本作は様々なインスピレーションを与えてくれる奥深い一本といえるだろう。



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