『サロゲート』65点(100点満点中)
SURROGATES 2010/01/22公開 2009年/アメリカ/89分
監督:ジョナサン・モストウ 脚本: マイケル・フェリス ジョン・ブランカトー 原作:ロバート・ヴェンディティ ブレット・ウェルデル 出演 ブルース・ウィリス ラダ・ミッチェル ロザムンド・パイク

日本のひきこもり文化がついに世界を制した

グラフィックノベルを原作とする未来SF『サロゲート』の設定はユニークだ。14年前に開発された技術が発展し、今では人類の98パーセントが「サロゲート」と呼ばれる機械の分身を、自宅から遠隔操作することで生活している。

つまり、街にあふれる「人間」風の物体はすべて人造の機械。「本体」の姿はお互い誰も知らないというわけだ。まさに70億総ひきこもり。全員アバター状態である。

サロゲートにより、人々は事故や事件と無縁の安全な人生を手に入れた。ところがある日、2体のサロゲートが破壊される事件が起きる。捜査にあたったトム(ブルース・ウィリス)は、驚くべきことにその本体までもが死亡しているのを発見する。全サロゲートには安全装置があり、たとえ破壊されても本人に被害が及ぶはずは無いのだが……。トムは社会の根幹を揺るがしかねないこの大事件の背後を、早速探り始める。

未来に生きる我々日本人にとっては、この程度のSFはSFですらあるまい。

すでにラブプラスの中の女の子と恋に落ち、一人クリスマスパーティを開くのも、ごく当たり前の日常風景として広く社会に受け入れられている──といえなくもない……かもしれない。

「コミュニケーションは3次元に限る、肉体的接触がなければ、愛なんて成立するわけが無い!」などと語る古臭い人々は、この映画の中ではサリンでも撒きそうな危ない団体扱いである。

普通ならば、この世界観は「異常、行き過ぎ」にみえるだろう。だが、世界でもっとも先進的な日本人ならば、このトンデモ設定もすんなり受け入れられるはずだ。いや、そうでなくてはならない。

なにしろ私も以前、女性から彼氏との恋愛相談をもちかけられ、よく話を聞いてみたらネットで知り合いまだ会ったことも無い相手のことだった、なんてケースが一度や二度ではない。姿かたちも本名も、もしかしたら性別すら知らなくとも、愛は生まれるのである。

……などと思っていたら、この映画でもそんな描写がいくつかあり、笑わせてもらった。サロゲートはややこしいことに、本体と似てもにつかぬ顔をしているケースが少なくない。金髪美女のサロゲートを操っているのが、実はメタボのおっさんだった、なんてパターンが出てくるが、これはいくらなんでもまずいだろう。この世界の鳩山総理には、なりすまし&ネカマ規正法の早急な成立を望みたい。

しかしながら、障がい者や同性愛者にとってはこの世界は真の無差別社会であるともいえる。セックスや出産をどうするかという問題は残るものの、普通に暮らし、恋をして生きるだけならば、誰でも差別無く自由に相手を探すことができる。テクノロジーで人々の差別感情を完璧に解消したこの世界を見て、それが良いことなのかどうか問題提起しているあたりはユニークな試みといえる。

また、米軍による革命的なサロゲート戦(戦死者ゼロ)の様子も興味深い。これがあればブッシュ大統領も支持率を下げることなく、一族の軍需産業の営業マンとして生きながらえられたであろうに。

HINOKIOやサマーウォーズなど、似たようなアイデアは多数あるが、本作のいいところはさすがハリウッドというべき、大金を投じた映像面での迫力。これはぜひ劇場でみてほしい、小さいモニターだとアラがさぞ目立つだろうと思う仕上がりである。

逆にまずいのは、バカっぽい設定のくせに案外ストーリーが複雑で、とくに殺人事件の真相、トリックがややこしく、整理下手なので、ちょいと気を抜くとわけがわからなくなってくる点。早めにルールをつかんで、混乱せぬよう気をつけて見る必要があるだろう。



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