『海角七号/君想う、国境の南』90点(100点満点中)
Cape No.7 / 海角七號 2009年12月26日(土)より、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開! 2008年/台湾/130分/カラー/シネマスコープ/Dolby SR/配給:ザジフィルム、マグザム
監督・脚本:魏徳聖(ウェイ・ダーション) 音楽:呂聖斐(リュ・ションフェイ)、駱集益(ルオ・ジーイー) 撮影:秦鼎昌(チン・ディンチャン) 出演:范逸臣(ファン・イーチェン) 田中千絵 中孝介 林暁培(シノ・リン)

全日本人がみるべき作品

『海角七号/君想う、国境の南』という映画を考えるときもっとも重要なポイントは、「この映画が台湾で爆発的にヒットした」(同国映画としては史上一位)という事実である。

ミュージシャンの夢破れ、故郷に戻ってきた青年(ファン・イーチェン)は、郵便配達のバイト中、あて先人不明郵便を発見する。それは日本統治時代の住所表記あてに送られた60年前の郵便だった。そんなある日、地元で行われる日本人歌手のコンサートの前座を頼まれた彼は、その仕事の中で知り合った日本人女性(田中千絵)にその手紙を見せる機会を得る。そして、その手紙に大切な内容が書かれていることを知る。

半ニート若者を主人公にしたユーモラスな下町人情ドラマ風に始まる本作は、まともなギタリストさえいない田舎町の急造バンドのどたばた騒動でまずは楽しませる。

いや、実をいうと、それほど笑えるわけではない。一部使われるCGも安っぽく、見ていて気持ちが萎える。また、基本的に台湾映画は、キャラの立たせ方が微妙に日本人の感覚とズレているような所があるので、不慣れな人にはとっつきにくい。

だがこの段階で、無理してでも感情移入しておくと、本作をより楽しむことができる。この映画は、中盤以降、徐々にエンジンがかかるタイプで、ラストは素晴らしいものがあるから、安心して挑戦してほしい。

戦争中の手紙のあて先探しと、コンサートに向けての必死の練習。その2つのストーリーが収束するクライマックスの感動はものすごい。これを経た上で二度目を見れば、退屈だった前半も楽しめるだろうから、リピーターが続出したというのも良くわかる。

それにしても、同じ戦争をネタに映画を作って、こうまで違うものかと驚かされる。これがもし中国や韓国だったら、たとえ100年たってもこの域には到達できないだろう(中国での上映時は大幅にカットされた)。

そう、本作はまれにみる超親日ドラマなのである。

そして冒頭で書いたとおり、本作を理解するのにもっとも重要なことは、こうした内容のドラマが台湾で万人に受け入れられたという事、台湾の人々がこのストーリーに感動したという厳然たる事実だ。この物語を俗に言う「アジアの国の人々」がどう思うか、ぜひ聞いて見たいものだ。

それにしてもどうして、『海角七号/君想う、国境の南』は台湾の人々にこんなにも受けたのだろうか?

その秘密は私が思うに、終盤のライブシーンでのやりとりに隠されている。ここで演奏前、主人公が田中千絵に言う台詞は非常に思わせぶりである。恐らくこれを戦中世代の台湾人が聞いたら、胸にぐっとくるものがあるのではないか。

そしてこのあと、舞台で起こる日本人と台湾人の感動的なやりとりは、彼らの世代が戦後の日本にこうあってほしかった、俺たちは日本とこういう関係を築きたかったと願う理想の姿である。この台湾からのラブコールを、日本は戦後ずっと無視してきた。彼らが日本人に向けた思いの強さを、よもや2009年に映画の中で見せられるとは思いもよらず、私は激しく動揺し、同時に胸を打たれた。

日本人は台湾を大切にしなくてはならなかったのに、冷たくあしらってきた。それを台湾の人々、とくに老人世代は悲しく、悔しく思っている。それでもなお、日本に期待し続けている。私はその複雑な気持ちを大勢の台湾人、関係者から聞いた。

この事実を、多くの日本人は知らない。

だが、それを認識した上で本作のラストを見ると、その感動は4倍増となる。さらに、この映画の主要な客層である台湾の若者たちも、その思いに共感した事を忘れてはならない。

『海角七号/君想う、国境の南』は素朴なつくりの映画だが、だからこそ、その中に込められた愛情の純粋さが際立つ。この冬、全日本人が見るべき、いや、日本人だからこそ見なくてはならない傑作である。



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