『20世紀少年<最終章> ぼくらの旗』(未採点)(100点満点中)
2009/8/29より、全国東宝系ロードショー 2009年/日本/カラー/155分/配給:東宝
監督:堤幸彦 原作:浦沢直樹 出演:豊川悦司 常盤貴子 平愛梨 黒木瞳
2009年の日本の政治状況と、恐ろしいほどリンクする
浦沢直樹のベストセラーコミックの実写映画版・三部作の完結編は、堤幸彦監督の意向で結末部分を非公開にして宣伝されることになった。マスコミ向けを含む試写会でもそれは同じ。最後の10分間の直前で本編は終了、仮のエンドロールが流れ、その後に残り10分間についての専用予告編が流れるなど、手の込んだ趣向となっている。
ようするに、私たち報道陣も長いサンプル版を見たに過ぎないわけで、現時点で本作の評価をすることは避けるのが筋というものだろう。公開後に、隠された(原作とは異なると噂される)結末を見た際には、私もこの記事の(未採点)部分を更新するかもしれない。
ともだち暦3年(2017年)、日本発の新興教団による世界支配はさらに進み、教祖「ともだち」は世界の終わりを予言しはじめた。その日にあわせ、人々に武装蜂起を呼びかけるカンナ(平愛梨)は、依然正体のわからぬ「ともだち」が再び自作自演の殺戮劇を行う事を確信していた。
原作と結末を変えるというのは、原作を尊重する心があれば、ある意味必然。そういうと、なんだか矛盾するようだが、そんなことはない。
原作のラスト、ともだちの正体がわかったときの大多数の読者の感覚は、原作者がおそらく連載第一回から仕掛けたであろう罠が完璧にはまった好例として私は評価している。原作者浦沢直樹は、長い連載期間の中で、いくつか消化できぬネタは残ったものの、作品を通してやりたかったに違いないこの大トリックだけは見事にやり遂げた。この点に気づかぬ読者は、あのラストを腹立たしく思っていることだろう。
堤幸彦監督が、この感覚を映画版でも再現しようとすれば、必ずや真犯人の正体を変更してくるに違いないと私は踏んでいる。とはいえ、これを映像でどう再現するかは悩むところ。もっとも、3本の公開感覚がいい具合に空いているので、それほど難しくはないだろう。むしろこれが3部作でなく1本こっきりだったら、難易度は相当上がったはず。
原作漫画の未読者がついていけない話はこの辺にして、この3作目の公開日2009年8月29日(土)は、偶然にも、日本の未来を変える衆議院選挙の投票日(8/30)の前日。
オウム真理教がかつて選挙に挑戦したエピソードを基にしたとされる「ともだち」教団の物語は、時代を超え、形を変えて再び現実とリンクする。新興宗教団体=幸福実現党の大規模出馬や、相変わらず強力な選挙基盤を持つ公明党の台頭など、トンデモと評される本作に負けぬほど、現実もぶっ飛んできている様子は興味深い。
また、現実世界をシニカルに表現したといえば、この3作目から復帰するケンジ(唐沢寿明)に対する大衆の熱狂ぶりなどはまさにそれだ。
あたかも感動的なクライマックスのように演出されてはいるが、とんでもない。ともだちに熱狂する国民が、次は別のカルトに熱狂するようになっただけの話であり、考えようによってはここは背筋が凍る恐ろしい場面だ。
日本人は流されやすいとよく言うが、その国民性をこれほど簡潔に表した場面はない。そして重要なことは、私たちは8月30日の開票結果で、現実にそれを目撃することになるのだ。
監督も原作者も、自ら生み出した作品がこれほどタイムリーな形で世に出ることは予測できなかっただろう。私としても、よもや1作目の映画版を見たとき、こんなことになるとは考えもしなかった。
芸術作品はときに作り手の意図を逸脱し、暴走することがある。本作がそれかどうかはともかく、その資質は十分に備えているといえる。これだから映画は面白い。