『里山』65点(100点満点中)
2009年8月22日、新宿ピカデリーほか全国順次ロードショー 2009年/日本/カラー/90分/配給:ギャガ・コミュニケーションズ
ディレクター:菊池哲理 制作統括:村田真一、石田亮史 出演:今森光彦
ハイビジョンで送る、日本の原風景
誰もが思うNHKの強みというのは、他と比べて潤沢な予算や期間等、製作体制が整っている分、質の高いドキュメンタリーが作れるという点だろう。本作のもととなった『里山』シリーズはその際たるもので、これほどの仕事に挑める場があるだけでも、菊池哲理ディレクター以下スタッフは下手な映画業界の人々よりも恵まれている。
「NHKスペシャル」で3部にわたり好評を得たこのシリーズの、第三部に新規映像を加え、再編集したのがこの劇場版。NHKの誇るハイビジョン機材を駆使した超高画質で、日本の財産ともいうべき雑木林の息遣いを描く「映像詩」。日本人すべての琴線に触れる緑の光の洪水に、誰もが酔いしれることだろう。
さらにこの劇場版は、音声も5.1chにした上、映像をデジタル処理でさらに美しくしたという。すでに海外の映画祭では高い評価を得たが、日本人にどうしても見てほしい「あるシーン」を追加してあるということで、テレビ版のファンも一見の価値があろう。
なかなか遊び心があるなと感じるのは、カブトムシ同士の戦いを、映画『マトリックス』風に撮影した場面。マトリックスのように中間画像をCGで完璧に補正しない分、動きはややぎこちないが、なかなか面白い趣向だ。
そのほか、映像に詳しい人ならおやっと思うだろう部分として、移動しながら植物が数か月分の生長を見せたり、色づいてゆくショットがある。
こうした変り種映像を撮るためにスタッフは、動物センサーやらループシャッターやら、あらゆるハイテク、あるいは新開発した機材、知恵を総動員した。数ヶ月の間、森にカメラをすえつけるなんてのは序の口で、その熱意がたたってときにはカメラごと盗まれたりもしたという。今後は、カメラを見張るカメラが必要になりそうだ。でもそうなるとその見張り役のカメラを盗まれないために、さらに見張る防犯カメラが……。
国産木材を得るために杉を植林したものの、外材を自由化したせいでコストが折り合わず、結局山は荒れ放題。そんな政治の失策のせいで、日本には膨大な数の花粉症患者が存在する。
そんな中、この里山の持ち主は定期的に伐採した木材をしいたけ栽培の原木にし、質の高いキノコを生産している。よくスーパーで安く売られている菌床しいたけではなく、原木栽培のそれが、味わいの面で圧倒的に優れている事は広く知られている。
映画の中で採れる大振り肉厚なしいたけの、なんと美味しそうなこと。簡単にできることではないだろうが、過密状態の杉で荒れ放題の日本の山に、こうした再生の道筋をつけるのも、これからの政治の役目ではないだろうか。
人の暮らしと共生する雑木林を維持することは、国土を維持することと同義。本作で描かれる、数千年間にわたる日本人の知恵に、私は深い感動を得た。