『未来の食卓』60点(100点満点中)
NOS ENFANTS NOUS ACCUSERONTNOS ENFANTS NOUS ACCUSERONT 2009年8月8日、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開 2008年/フランス/35mm/カラー/ドルビー/112分/配給・宣伝:有限会社アップリンク
監督:ジャン=ポール・ジョー 音楽:ガブリエル・ヤレド 出演:エドゥアール・ショーレ ぺリコ・ルガッス

オーガニック生活に誘う入門編

先日ある経済学者が、俗に言う「食糧安全保障」の考え方を否定し、穀物自給率にこだわる愚かさを指摘していた。たとえば農業には石油も必要だし、生活には他の物資も不可欠だ。なのに食糧の自給率ばかり気にしてどうするのかと、そんな主張だった。

これが机上の空論というやつかと、しばし呆然とした。

論には事実(ファクト)で反論するのが原則というが、学者が何を言おうと世界の国々は「食糧は最強の武器」(=食糧安全保障)との認識で動いている。

具体例を挙げると、かの米国は74年のCIAレポートで「食糧は米国にとっての最終兵器」とそのものズバリ書いている。

彼らの行動もそれを証明する。たとえば、それまで穀物をガンガン輸出していたソ連がアフガン侵攻したとたん、アメリカは一方的に輸出を止めた。CIAレポートに書かれたとおりの「最終兵器」による「兵糧攻め」だ。

アメリカはこの「最終兵器」を平時でも使う。一例として、GATTやその後を継ぐWTOに影響力を駆使して途上国の農業を次々と自由化、安い自国の農産物を買わせてきたが、その結果どうなったかというと、それらの国々の農業は壊滅してしまった。「国際市場で売れる作物を優先的に作り、穀物は無理して自給せず大国から安く買う」という食糧政策モデルがまったくのインチキだったことは、いまや世界の常識。彼らが身を持って証明してくれている。

一見、平和な関係を保ちながら、相手国の産業をつぶす(当然、犠牲者も出る)のだから、やっていることは戦争そのもの。これこそが、米国の政治の凄みである。

こうした「事実」を見て、「これは放っておいたらわが国も大変だ」と気づいたのがヨーロッパ諸国。そこで彼らは手段を問わず、食糧自給率を上げることにひたすら邁進し、成功した。それこそが米国の「最終兵器」を無力化する唯一の方法と知っていたからだ。だから今では欧州諸国に米国の「最終兵器」は通じない。たとえば問題の多い遺伝子組み換え作物の規制においても、米国の利益と真っ向対立する強力な規制を、欧州は採用できる。

翻ってわが国の状況はどうだろう。食糧自給率は先進国中最低。よってアメリカの食糧政策に対抗する手段は無い。ヘタレ牛の病死肉とて、いつの間にか輸入再開するハメになる。

そして彼らは今、日本のコメに「最終兵器」の照準を絞っている。稲作は日本最後の砦であり、ここを破られたら他の途上国同様、この国の農業はおしまいだろう。

『未来の食卓』というタイトルの映画が、そんないま公開されるのは、偶然にしてはできすぎだ。日本の『未来の食卓』が、アメリカ発のGM(遺伝子組み換え)コメに中国産の納豆をかけて食べるものだとするならば、こんなに情けない話は無い。

映画『未来の食卓』は、フランスのある村におけるささやかな、しかし意義あるチャレンジを追いかけたドキュメンタリー。その挑戦とは、村の小学校の給食をすべてオーガニックにするというもの。農薬の害と、それをなくそうと頑張る農民たちの努力を丹念に、明るく描いてゆく。

オーガニック食材のすばらしさを知った人々、とくに子供たちの変わりようは明白で、まず驚かされる。これを見ると誰もが、私も有機農産物を食べたいな、と思うに違いない。ただ、すでにこの手の生活を実践している人には「入門編」的内容すぎて物足りないと感じるかもしれない。

個人的には、進んでいるイメージのフランスでもこの程度の認識なのか、とがっかりすると同時に、やはり日本こそが、持ち前の先端技術と伝統的な工夫によって、世界の農業をリードしなくてはならないと強く感じた。歴代政権がろくな農業政策を採らず、情けないまでの自給率にとどまっている分、やれる事はまだまだたくさんある。

見所はいくつもあるが、この手の主張に対し決まってぶつけられる「でもオーガニックだけじゃ、世界中の人々を食わせられないだろ」との疑問に、真正面から答えている部分に注目してほしい。

そして見終わった後、たまには自然食品レストランにでも入って大いに考えよう。私たちの『未来の食卓』を。



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