『アマルフィ 女神の報酬』90点(100点満点中)
2009年7月18日(土)全国東宝系ロードショー 2009年/日本/カラー/125分/配給:東宝
原作:真保裕一 監督:西谷弘 主題歌:「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」サラ・ブライトマン 製作:亀山千広 企画・プロデュース:大多亮 出演:織田裕二 天海祐希 戸田恵梨香 佐藤浩市
2009年夏のイチオシ
今年2009年の夏シーズン、忙しい中、たった1本だけ映画を見られるとするなら、私は迷わず『アマルフィ 女神の報酬』を選ぶ。夏休みらしいスケールの大きな大作であること、邦画の枠内でなく、世界標準からみても優れたサスペンス映画であることが理由だ。
と同時に、このような意欲作がコケることになったら、もはやマジメに日本でエンタテイメントをやろうという人はいなくなってしまうのでは、と危惧する。人気テレビドラマをチョチョイと2時間に引き伸ばし、洗脳のごとき繰り返し宣伝で純情な視聴者を映画館に集め、1800円を搾り取るビジネスモデルが通用するようでは、あまりにクリエイターたちが可哀相だ。
クリスマス直前のローマに派遣された外交官・黒田(織田裕二)は、偶然にもある旅行者(天海祐希)の娘が誘拐される事件に遭遇する。とっさの機転で犯人からの電話を黒田が処理したことにより、彼も巻き込まれ、事件解決のため奔走することに。だが外交官には捜査権がなく、徐々に黒田は孤立していく。
全編イタリアロケで、この地球上でも有数の素晴らしい風景をバックに、めまぐるしいストーリーが展開する。どうやら誘拐犯が粋な人物のようで、身代金受け渡し場所には風光明媚な観光名所ばかりを指定してくる。カメラマンもプロデューサーも大喜び、である。
ローマの休日など、この地を舞台にした作品を軽くパロディにするショットもあったりするが、そうした遊び心もいいアクセントになっている。
だがここで明記しておくが、断じて本作は単純な「バーチャル観光ムービー」ではない。
たくさんお金がかかったであろうイタリアロケや、そこで記録した素晴らしい景色に、なんとこの映画はまったく頼っていない。景色など二の次三の次、その程度の扱いだったのである。
せっかく撮れたいいショットはなるべく長く使う(結果的に上映時間が延びる延びる)邦画の貧乏くささに慣れている目には、これはいたって新鮮である。
本作の監督(西谷弘)、およびプロデューサーの頭には、「イタリアの美しい町並みをできるだけたっぷり見せよう」などとという考えはまるでなく、「物語を面白くするためなら、たとえ世界遺産であろうがガンガンカットする」くらいの意気込みがあったのではないか。
では本作の売りは何かというと、きわめてよくできた脚本につきる。実力派ミステリ作家真保裕一が、「フジテレビ開局50周年記念の織田裕二主演大作」のためだけに考えたストーリーは、長編原作を無理して縮めたものでも、人気マンガを実写にしたものでもない。限りある予算の中で可能な最良の物語を、知恵を絞って突き詰めたその結晶だ。本来脚本とは、すべてこのように作るべきものなのだが……。
『アマルフィ 女神の報酬』は、とにかくお話が面白くて、かつハイペースなので、景色なんぞを楽しんでいる暇はない。主人公と犯人の仕掛けた謎の攻防は、ミステリ好きのツボを押さえた気持ちのいいもの。注意深い観客なら途中で気づくであろう「違和感」も、適切なタイミングで主人公が処理していく。
下手なミステリドラマにありがちな、「えらそうな顔をして中々気づかないバカ名探偵」にイラつく心配はない。主人公黒田の優秀さ、カッコよさを大いに堪能できる。
サラ・ブライトマンによる主題歌が話題だが、菅野祐悟による劇伴音楽もいい。
そして何といっても織田裕二。こうした大作の主演を張るためにもっとも必要な「吸引力」を、自分自身の能力を迷いなく信じきる精神力を、このスター役者は持っている。警察官、県庁職員、外交官と、公務員を演じたらいまや日本一の役者といえる。相手役の天海祐希がたとえ大根だろうと、作品のクオリティに影響していないのは彼のおかげだ。
せめてシーズン、いや一年に1本でもいい。このレベルの娯楽映画を安定して作れるようになったなら、日本映画を見直す人もきっと増えてくるだろう。