『蟹工船』20点(100点満点中)
2009年7月4日、シネマライズ、テアトル新宿ほか全国ロードショー 2009年/日本/カラー/109分/配給:IMJエンタテインメント/配給協力:ザナドゥー
監督・脚本:SABU プロデューサー:宇田川寧、豆岡良亮、田辺圭吾 出演:松田龍平 西島秀俊 高良健吾 新井浩文
監督の人選ミス
小林多喜二によるプロレタリア文学の傑作『蟹工船』は、最近ブームとなり本作制作のきっかけとなった。年越し派遣村がニュースになったとおり、単純労働者のあまりの待遇の過酷さから、この原作に共感する若者が多いのだという。
今でこそ、「自分探し」「夢を追いかける」なんて言葉が罠で、そんな事をしていると、あっという間に最底辺の派遣奴隷に落ちぶれる現実が広く知られている。だが、いま30代くらいの世代にとってはそうではなかった。こうした口当たりのいい言葉に浮かれ騙され、将来を棒に振った人たちが今、派遣村で泣いている。
私も同世代の一人として、こうした現実には深い悲しみと猛烈な怒りの感情を持ち続けている。若い人たちには、私たちの世代の膨大な数の屍をしかと見て、絶対に同じ轍を踏まぬようにしてほしい。今の日本では、一度落ちたら這い上がることは不可能、もがき苦しみながら一生を終えると認識していたほうがよい。
舞台はカムチャッカ沖で操業する蟹工船。蟹工船とは、獲ったカニを船内で缶詰加工までしてしまう船のこと。ここでは新庄(松田龍平)のように、社会からあぶれたような出稼ぎ労働者が多数乗り込み、劣悪な環境の中、いつ終わるとも知れぬ単純作業を続けていた。絶望に打ちひしがれる労働者の中、唯一新庄は現状を打破すべく、皆にある提案を持ちかけるが……。
重大な問題として、この映画の企画者は、これをいったい誰にみせるつもりだったのか、というのがある。
安い給料と不安定な雇用に苦しんでいる労働者たちか? たぶんそうだろう。本当につらい人々が、そこに救いがあるかもしれないと思って、原作を手に取るのだから。
だとしたら、監督をSABUに依頼したその判断は完全に間違っている。彼はいわゆる職人監督ではないから、原作を独自に読み解き、自らの芸術フィルターをかけたアート作品にするのは最初からわかっている。実際その能力・センスはたいしたものなのだが、そうして出来上がる「映画作品」は、この客層が求めるものとは正反対だろう。
たとえば、この映画のプロデューサーは考えたことがあるのか。この映画の入場料1800円というのは、底辺に近い労働者の3日分くらいの食費にあたる。彼らが3日間メシを抜いてこれを見て、喜ぶはずだと断言できるか。自分たちは「斬新な解釈でおもしろいものを作れたな」と満足しているかもしれないが、観客はどうなのか。
好きなものをやりたいなら、オリジナルでやればいい。原作ものを映画にする際には、ファンへの思いやりというものが、多少は必要だ。私はそう考える。
私は本作は、SABU監督の才能の無駄遣いですらあると思う。この原作の映画化に限っては、他の監督に依頼したほうが良かった。
時代設定を行わず、SFのような『蟹工船』の内装など非リアリズムの中で、人間の本質を描こうとしたSABU監督。
だが、そのメッセージは表層的で言葉も軽く、心に届かない。現実離れした見た目は、この問題の本質を射抜いているようには思えず、ユーモアも笑えない。この映画を見て、ふざけるなと激怒する労働者も少なくないはずだ。
映画『蟹工船』は、そんなわけでSABU映画の愛好者以外にはすすめられない。とくに今夏はほかにたくさんいい映画があるから、3日メシを我慢して見に行こうと考えているような人は、別の作品にしておいたほうが無難である。