『ディア・ドクター』85点(100点満点中)
Dear Doctor 2009年6月27日(土)より シネカノン有楽町1丁目他で公開 2008年/日本/2時間7分/ヴィスタサイズ/ドルビーSR 配給:エンジンフイルム+ アスミック・エース
原作・脚本・監督:西川美和 原案小説:西川美和「きのうの神さま」(ポプラ社刊)より 出演:笑福亭鶴瓶 瑛太 余貴美子 井川遥 八千草薫
西川美和監督のおそるべき手腕
かつてダコタ・ファニングがスーパー子役として鳴らしていたころ、私は彼女の中には40代のベテラン女優が入ってるに違いないと思っていた。あの演技力とインタビューの受け答えの妙は、そう考えないと説明がつかない。
同じように、『ディア・ドクター』を作った西川美和監督(30代、女性)の中には、50代くらいのオッサンが入っているのではないかと、最近私は本気で考えるようになってきた。
かつて無医村だった村で、長く村人から信頼されていた医師(笑福亭鶴瓶)が失踪した。共に働いていた地元の看護師(余貴美子)や、彼の元に東京からやってきた研修医(瑛太)でさえ、その理由はわからない。この静かな山間の村で、いったい何が起きたのだろうか。
この簡潔かつ謎めいた冒頭から、まったく目が放せぬ物語が展開する。とはいえ、スリリングなサスペンスというわけでも、アクションがあるわけでもない。僻地医療をテーマにした、日常のドラマが繰り広げられるだけだ。
だが、それら回想シーンはすべて、最初に起きた失踪の謎解きとして配置されているわけで、どんなに些細な出来事にも観客は過剰反応する仕組み。地味な人間ドラマを、たやすくエンタテイメントに変換するこの監督のシナリオ構成力は凄い。
だがそれ以上の、西川美和監督が持つ最強の武器は「男の心理描写」につきる。
この映画でいえば、笑福亭鶴瓶演じる主人公の中年医師。この複雑な人物の心を、この若き女性監督は魅力的に、豊潤に描き出す。しかもそれが、我々男どもがみても、嫌になるくらい本音に迫るというか、リアルなのである。
その上、監督はこのキャラクターについて、「私自身の投影」などと、恐ろしいことをいっている。これはやはり、西川美和=内部にはオッサン在住説を裏付ける証拠と見る以外にない。
軽くて高性能なビデオカメラの普及以来、若い女性監督の台頭が著しい。現在は、高価なフィルムと重たいカメラの時代では考えられないほど、気軽に映画を作れる時代なのだ。
だが、巷でもてはやされているほど、日本の若い女性監督がいい映画を作っているとは私には思えない。ほとんどは、自主映画におけけが生えたようなものだ。
しかし、この西川美和監督だけは別。この人の実力は本物だ。なにより彼女が偉いのは、「感性に任せて」といいながら「単なる思い付き」を撮ってるにすぎない凡百の女流監督と違い、たとえ夢から思いついた(前作までは実際そうだったとか)ストーリーであろうと、その裏づけ取材をきっちり行う点にある。
本作でいうとそれは「僻地医療」のテーマで、これを脚本に組み込むため、彼女は全国の無医村を回って実態調査を行った。若い監督が、大人をうならせるリアルなドラマを作ろうとすれば、こうした地道な取材以外に道はないわけであり、その面倒な作業を厭わない姿勢は高く評価できる。さすが、体内にオッサンが住んでいるだけのことはある。
前作「ゆれる」に続き、私は『ディア・ドクター』を最高ランクのオススメ映画と認定する。人間を見る目の確かさ、女性らしい優しい視線、退屈とは無縁のストーリーテリング。撮る映画すべてが面白い西川美和監督を、私は「日本映画界の10割打者」と命名したい。