『劔岳 点の記』60点(100点満点中)
2009年6月20日(土)公開 2009年/日本/カラー/139分/配給:東映
原作:新田次郎「劔岳 点の記」(文春文庫刊) 監督:木村大作 脚本:木村大作・菊池淳夫、宮村敏正 出演:浅野忠信 香川照之 松田龍平 宮崎あおい

苦労したことはわかるが、そればかり前面に出すのはどうか

日本地図最後の空白地を埋めるため、命がけの挑戦をした男たちの実話ドラマ。『劔岳 点の記』は、かように魅力的な題材であるが、初監督作品特有の限界が見える、惜しい一品であった。

明治39年、ロシアの南下に備えるため、日本陸軍は国内地図最後の空白地、劔岳の測量を決定する。その任を命じられた参謀本部陸地測量部の柴崎芳太郎(浅野忠信)とそのチームは、現地民で山に詳しい宇治長次郎(香川照之)を頼りに、この未踏峰に挑む。一方、日本山岳会のリーダー小鳥烏水(仲村トオル)もこの山を狙っており、あたかも二人の登頂対決のごとき構図となってゆく。

海外の最新装備でクレバーに攻める民間チームと、現地ガイドの豊富な経験を頼りに根性で進む軍チーム。ドラマに乏しい本作のストーリーに花を添える設定だ。ちなみにこれは脚色で、史実では二者の登頂時期は微妙にずれている。

CGに頼らず、すべて実際に山に入って現地で撮影するという、今の映画界ではあまり歓迎されない(労働強度と報酬のバランスが悪いので)困難なやり方にこだわったのは木村大作監督。黒澤明の撮影技師として知られる名カメラマンで、今回が初監督。脚本づくりは世界のクロサワに倣い、チームでカンヅメになって行ったという。

カメラマン出身だから、本物にこだわる。まったくもって正しい方針といえる。出演者とともに山小屋で雑魚寝し、述べ200日も山にこもったその苦労を思うと、感情的には無条件で賛美したくなる。

……が、当然ながらそうした裏話と作品の評価は切り離して考えるべきだろう。撮影隊の苦労を追いかけたテレビ番組の特集を見てからでないと凄さがわからない映画、というのでは、やはり不完全というほかない。

『劔岳 点の記』は、確かにその撮影風景を思えば「凄い」と思える映像が続出するが、実のところ、そうした観客の「親切な」想像力がなければ、さほどの驚きはない。それは、監督が「絵」を作ることに精一杯で、物語と調和させる事まで手が回らなかった事実にほかなるまい。これほどの素材がありながら、素材だけになってしまったように見えるわけだ。

たとえCGを使おうがセットを組もうが、完成したものを見て「凄い」ならば、裏の苦労は少ないほど良いに決まっている。少なくとも、舞台裏で苦労して仕上がりが甘くなるよりは、ずっといい。

この映画を見ていると、ボディビルジムでよく見かける、やたらと大きなウェイトを真っ赤になって持ち上げている一般トレーニーを想像する。そういう人に限って、肉体は案外普通だったりする。あんなにつらそうに運動しているのに、目的の筋肉は得られていない。これでは単なるマゾか、凄いトレを行った(と思い込む)事で自己満足しているだけである。

一方プロのビルダーは、驚くほど軽いウェイトでとてつもない強度のトレーニングを行い、素晴らしい結果を出す。あのドリアン・イエーツ(90年代に活躍した、超高重量トレで知られるプロボディビルダー)でさえ、ベントローで最大140kg(彼の体重と大差ない重量だ)しか使っていなかったと聞けば、誰もが驚くに違いない。

相変わらずわかりにくいたとえで申し訳ないが、なにはともあれ初監督作品で、しかも69歳という年齢で、これだけこだわった映画作りを見せてくれた点については評価できる。今回は大満足とはいかなかったが、木村大作監督には次回作品での更なる飛躍を期待したい。

劒岳―点の記 (文春文庫 (に1-34))
原作です。映画化時には、陸軍だけはいやらしく描いてくださいと頼まれたとか。それもまた完成度を低めた理由の一つのような気が。
国家の品格 (新潮新書)
この本も参考にしたそうです。


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