『チョコレート・ファイター』60点(100点満点中)
Chocolate 2009年5月23日(土)より、新宿ピカデリー他全国ロードショー 2008年/タイ/カラー/110分/配給:東北新社 PG-12
監督:プラッチャヤー・ピンゲーオ アクション監督:パンナー・リットグライ 出演:“ジージャー”ヤーニン・ウィサミタナン 阿部寛 ポンパット・ワチラバンジョン

タブーだらけのタイ製リアルアクション

試写会でこれを見終わった後、熱心な映画会社のお兄さんが追いかけてきて感想を聞いてきた。それに対し私は「申し訳ないけどこれは(マスコミでは)紹介できないよ」と回答した。

2時間を6時間ほどに感じさせるような、時空を捻じ曲げるパワーを持つ駄作の場合も似たようなことを言う場合があるが、本作はそれには当たらない。むしろ、世界的に見てもすぐれた部類に入るアクション映画なのに、だ。

日本のヤクザ(阿部寛)とタイ人の母を持つゼン(ジージャー)。彼女は、アクション映画で一度見た動きはすぐに体得してしまう動物的本能を持ち、その結果、若い女の子とは思えぬ身体能力を誇っていた。そんなある日、母親が白血病で入院。多額の治療費にあてるため、ゼンはかつて母が金を貸した先を尋ね、回収して回ることにする。

ところがどっこい、素敵なタイの紳士たちは、かわいいゼンちゃんが尋ねてきたというのに、金を渡すどころか、チンピラを呼び寄せてボコボコにしようとする始末。こんなに恐ろしい借り手にばかり金をかすお母さんもどうかと思う。かように無法な連中が相手では、たとえチワワのくぅ〜ちゃんでも回収は無理だろう。

ところがどっこい、この少女は並じゃない。カカシ先生よろしく、映画で見たブルース・リーやトニー・ジャーのコピー技で、大の男たちをなぎ倒し、キッチリ取り立てていくのである。日本のサラ金業界からもスカウト確実な逸材である。

「めっぽう強い少女が、リアル格闘で男どもを殴り、けり倒す」 なるほど、単純ながら全世界の人々の気を引くであろうコンセプトである。

ただ問題は、この少女が「知的障がい者」との設定になっている点だ。

アメリカにはファレリー兄弟という映画監督がいて、本物の障がい者を自作のコメディーに出しまくって笑いを取ったりしているが、日本では最大級のタブー。おまけにこのヒロインの場合、出生の秘密がじつに生々しい。冒頭私が「これは紹介できないよ」と言ったのは、そのあたりが理由だ。

もっともこの映画には、他国の作品なら善人枠で出てきそうなオカマたちが残忍な悪役だったりなど、タイならではの、タブーなど最初から存在しないような様子が見て取れる。自由を謳歌するものは、自分では自由だと気づかない。よその人にビックリされて初めて気づく、というやつである。

主演女優のジージャーは、これ一本でタイの超人気者になったと聞く。たしかに、プラッチャヤー・ピンゲーオ監督&パンナー・リットグライ・アクション監督(「マッハ!」「トム・ヤム・クン!」など)が数年がかりで育て上げた、アクションエリート少女らしい本物の動きには圧倒される。

見ているだけで恐ろしい、危険な場所での格闘スタントなどは、やられ役のおじさんが本当にケガしてるんじゃないかと心配になるほど。……と思ったら、エンドロールのNG集をみたら実際に大怪我してたりするのであなどれない。この監督たちのアクション映画には、危険を顧みず無茶苦茶をやるような、原始的とでもいうべき意欲を感じる。そこがいい。

よくぞ思いつくねぇと感心するような凝ったアクションシークエンスを、この監督は次々と出してくる。その引き出しの豊富さには敬服する。一朝一夕にはできぬ、本物のプロの仕事である。

監督の熱烈なオファーにより日本から参加した阿部寛は、日本刀アクションはもとより全裸姿まで披露する熱演。一部ファンを大いに喜ばせる。

女の子のコピー忍者設定があまり生かされていない点など、荒っぽい部分は残るものの、「めっぽう強い障がい者美少女」という、よそではまずできないアイデアを堪能できる点で、アクション映画ファンは必見というべき一本である。



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