『バンコック・デンジャラス』85点(100点満点中)
Bangkok Dangerous 2009年5月9日 渋谷東急 109シネマズ×ユナイテッド・シネマほか全国ロードショー 2008年/アメリカ/カラー/100分/配給:プレシディオ
監督:ダニー・パン&オキサイド・パン 出演:ニコラス・ケイジ、チャーリー・ヤン、シャクリット・ヤムナーム
大人の男のための、本格ハードボイルド
いつも一人だからさびしいけど、世界中に出かけられて、報酬はいい。ニコラス・ケイジ演じる男がそんな風に自分の仕事を紹介する場面からはじまる本作。そんな仕事があったら応募が殺到しそうだが、その業務内容はひとごろし。『バンコック・デンジャラス』は、引退を願う殺し屋の苦悩と恋心を描く、大人の男のためのハードボイルドである。
成功率100%を誇る凄腕の暗殺者ジョー(ニコラス・ケイジ)は、タイ・バンコクで請け負った4件の殺しを最後に引退を決意する。自らに厳しいルールを課すことで生き抜いてきたジョーだったが、口のきけない薬局の店員フォン(チャーリー・ヤン)の純朴でやさしい人柄にふれ、惹かれあう状況の中で、完璧な計画に狂いが生じていく。
ニコラス・ケイジの声には、どこか安心させられるような魅力があり、そのモノローグで進行する冒頭から、観客はこのキャラクターに魅了される。
彼の4つのルールとは、「質問しちゃダメ」「カタギとかかわっちゃダメ」「跡を残すな」「引き際をしりましょう」といったもの。そのまま「不倫四か条」にしてもいいくらいの、実用的なものばかりだ。
ところがニコラス氏ときたら、薬局で現地の美少女をナンパするなど、自分で決めたくせに片っ端から破りまくり。自己抑制できぬダメ殺し屋に落ちぶれそうな勢いである。さては、美少女揃いで知られるタイ国の熱気にやられたか。
とはいえ、そのプロフェッショナルな仕事ぶりには惚れ惚れするものがある。
細部のリアリティにこだわった本格的な演出、およびタイロケの効果を存分に生かした熱気伝わる映像により、全体的に色気たっぷりな映画作品となっている。
とくに、ひとごろしトリビアというべき数々の小ネタが面白い。暗闇では先に撃たせ、マズルフラッシュで位置特定するといったマニアックなもの(劇中で説明はされないので、わかる人だけわかってね、といった扱い)から、「ターゲットの顔は目を覚えろ、目は整形できない」といった、銀座のママが実践してそうなテクニックまで、無数の感心ポイントを擁している。
劇映画は基本的に"本物っぽく"みえれば合格だと思うが、この作品はまさにそう見える。殺し屋のストイックな暮らしぶりを、存分に疑似体験できるだろう。
耳が聞こえない美少女との恋、デートのトキメキ具合も、オジサンたちを喜ばせるに十分。こんな都合のいい女いねえ、といったやぼなツッコミが、女性方面から多数寄せられることは間違いないが、ハードボイルドはそれでいい。
主人公の最後の決断は、彼が女の子に何を求めていたか、どこに惚れていたかを考えれば大いに納得がいくもので、「泣ける」とは違う意味の深い感動を得られる。希望を感じさせる後味のよい終わり方もまたよい。
香港出身で、タイでも活躍するオキサイド・パン&ダニー・パンの兄弟監督は、「レイン」(2000年、タイ)のセルフリメイクとなる本作で、「オリジナルとはまったく違うストーリーで、オリジナルよりいい物を作る」と意気込んでいたというが、まったくその通りの傑作を作り上げた。
彼らの代表作というべき「the EYE」シリーズの惨憺たる状況を見て、もうだめかと思ったときもあったが、幸いにしてそれは間違いであった。ニコラス・ケイジおよびヒロインのチャーリー・ヤンの魅力による部分も大きいが、伏線の的確な配置や凄みあるアクション演出など、今回に限っては文句の付け所なし。迷わず、映画館にGO!、だ。