『遭難フリーター』60点(100点満点中)
2009年3月28日(土)より、ユーロスペースほか全国ロードショー 2007年/日本/カラー/67分/配給:バイオタイド
監督・主演:岩淵弘樹 プロデューサー:土屋豊 アドバイザー:雨宮処凛

貧乏労働者の生々しい日常

本物のビンボー派遣社員が、自らの生活のすべてを自己撮りした超リアルドキュメンタリー『遭難フリーター』は、見ようによっては最底辺の労働者を勇気付けてくれる。

ただそれは、映画の内容が希望に溢れている、という意味ではまったくない。むしろ逆で、これを見ると、彼らがいかに救いようのない絶望的な状況におかれているか、嫌になるほど実感できる。

普通に働いていても、彼らが中流階層にまで上る可能性はほぼゼロだろう。経済的な面以外で人生の目的を見出せなければ、こうした人々の自殺者は増える一方になるに違いない。

勇気付けてくれる、と最初に書いたのは、これを作った岩淵弘樹監督が、この映画を驚くほどシンプルな方法で形にしたからだ。使った機材はソニーの、どこにでも売っている家庭用の廉価版ビデオカメラ。消費したテープは約80本、およそ3万円ほどの出費で、彼は一本の映画を作り上げた。

そもそも彼は、これを映画にしようと考えていたわけではない。日記代わりに記録していた映像が、様々な人に導かれ一本にまとめてみる事態となり、なんと公開まで決まってしまった。さらには、山形国際ドキュメンタリー映画祭や香港国際映画祭、レインダンス映画祭など世界中から招待されるほどの話題を集めることになった。

映画を作ったことで、彼の人生は大きく羽ばたき始めたといえる。奨学金や浪費のため数百万円の借金を抱え、返済に苦しんでいたころとは大違いである。

ようするに、これまでろくでもない人生を歩んでいた、駄目人間の中のダメ人間でさえ、3万円とアイデアがあれば、少なくとも面白いことが出来るということだ。その事実じたい、元気の出る話じゃないか。

別に映画じゃなくてもいいが、愉快なアイデアを世の中に発表するためのインフラは、いまやほとんどすべて整っている。安い機材、安いテープ、そしてインターネット。現代はそういう時代であり、それが最後の希望になり得るのだと、本作は身をもって教えてくれる。

かつての岩淵監督のように、ただ黙々と働き続けていても、おそらく(専門職でない)派遣社員に未来はない。真面目に働いて人並みの幸せを得るという、昔ながらの愛すべきライフスタイルは崩壊した。それを指摘し受け入れる考え方は、今では反グローバリズム市民運動などの基本になりつつある。

「金を失うことは些事、信頼を失うことは甚大、だが勇気を失うことはすべてを失うこと」といったのは、英国政治家のチャーチルだが、『遭難フリーター』にはまさに勇気も希望も失ったような、無気力と表現すべき男の姿が記録されている。

問題は、いまの日本社会では、多くの若者がいともたやすくその状況にまで追い込まれかねないということだ。確かに岩淵監督は、ダメ界のチャンピオンのような人間だったかもしれないが、それでもこれは人事ではないと誰もが感じよう。

世の中の風潮に反発すれど、デモや運動を積極的に立ち上げるわけでもない。むしろ、こうなったのは自分の責任といわんばかりの諦念。何事に対してもひねくれた見方になりがちな状況。そんな彼の姿は人間味に溢れ、妙に憎めない。活動家ではなく、あくまでいち生活者の視点であることも、好感を感じる理由のひとつだろう。

『遭難フリーター』は、作品じたいの出来うんぬんより、それが生まれた社会背景に意識を向けさせてくれるという点で、意義ある一本である。

プレカリアートの憂鬱
プレカリアートって、あんまりぴんとこない用語ですな。
遭難フリーター
監督みずから本も書きました。


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