『フロスト×ニクソン』60点(100点満点中)
FROST/NIXON 2009年3月28日(土)より、TOHOシネマズ シャンテほか全国公開 2008年/アメリカ/カラー/122分/配給:東宝東和
監督:ロン・ハワード 脚本:ピーター・モーガン 音楽:ハンス・ジマー 出演:フランク・ランジェラ、マイケル・シーン、サム・ロックウェル、ケビン・ベーコン
ニクソン大統領の歴史的メディア対決を描く
『ウォッチメン』と合わせ、リチャード・ニクソン大統領関連の映画が、偶然にも同週公開となる。
ニクソン大統領といえば、ベトナム戦争からの撤退や変動為替相場制を取り入れた、歴史に残る数々の政策で知られる。アメリカの歴代大統領の中でも重要な人物であることに疑いはないが、もうひとつのイメージとして「メディアの力に負けた」というものがある。
ケネディとの大統領選では、勝利目前の最終局面で行ったテレビ討論で、白黒テレビに映えないグレースーツとノーメーク、汗っかきの体質のせいで一気に逆転されてしまった。一方、ケネディはプロのスタイリストの助言を取り入れた濃色のスーツや明るいメークで、政治の専門知識の乏しさを補って余りある効果を得ていた。
さらには、ウォーターゲート事件(ウォーターゲート・ビル=野党・民主党本部に、共和党側が盗聴器を仕掛けていた事が明らかになった政治スキャンダル)で失脚したあとも、テレビのインタビューで歴史に残る重大発言をもらしてしまった。
ニクソンの登場と失脚で、歴代の大統領および政治家は、メディアが大衆に与える影響の大きさを身を持って知り、その対策に知恵と大金と投じることになったとされている。
さて、そんなニクソン大統領だが、先ほど書いた「歴史に残る重大発言」とはいったいなにか。気になった方は迷わず『フロスト×ニクソン』を見るといい。
作品賞や主演男優賞、監督賞といった、アカデミー賞の主要部門5つにノミネートされた本作はまさにその、77年に放送された歴史的テレビインタビューを描いている。同名の舞台劇の映画化で、大統領(フランク・ランジェラ)とインタビュアーのデビッド・フロスト(マイケル・シーン)、対決する二人の配役は、舞台版と同じ役者が勤めている。
映画は、件のインタビューを5年後から振り返るという、ドキュメンタリー風の味付け。もっとも、デビッド・フロストがキャリアのすべてをかけたこの挑戦じたいは、スリリングなサスペンス劇そのものといった迫力のエンタテイメントとなっている。
ニクソンを追求するジャーナリストやノンフィクション作家をブレーンに雇い、必死に切り口を研究する主人公。だが、緒戦で赤子の手をひねるようにあしらわれるあたりは大いに盛り上がる。このシーンで観客は、主人公らと同様、痛烈に出鼻をくじかれる。仕事柄、政治家と多く接した経験がある私から見ても、えらくリアルだなぁと感じさせる出来栄えだ。
だいたい、世間の人々は政治家という存在をなめすぎなところがある。場の空気を敏感に察知するだけでなく、流れを自らに引き寄せる天才である彼らは、生半可な知識で弱点を突こうとしたところで、たやすく煙に巻いてしまう。百戦錬磨の政治家を論破するなどというのは、並大抵のことではない。
ましてニクソンと対決したデビッド・フロストは、コメディアンあがりのテレビスターにすぎず、ニクソン陣営が「ちょろい相手」と判断したのは当然であろう。
ただ、これほど政治家としての凄みをみせつけたニクソンが、後半になるとまるで美人記者にヤク入りの酒でも飲まされたかと思うほどの狼狽を見せる。この変貌ぶりに説得力が感じられない点が、本作最大の弱点といえる。
ベテラン俳優フランク・ランジェラは、"ニクソンの強さ"をあまりに印象深く演じてしまったがために、"敗北者としてのニクソン"を表現できなくなってしまった。
自らの高い演技力に邪魔されてしまうとは皮肉である。それはまるで、ケネディに苦い敗北を喫し、メディアの怖さを学んだはずのニクソンが、最後までその力に翻弄されたのに似ている。