『昴-スバル-』1点(100点満点中)
SUBARU 2009年3月20日(金)より、全国ロードショー 2008年/香港・日本/105分/配給:ワーナー映画
監督:リー・チーガイ 原作:曽田正人 プロデューサー:ビル・コン 出演:黒木メイサ、Ara、平岡祐太、前田健、桃井かおり

バレエや原作に対する敬意が感じられない

天才バレリーナの壮絶な半生を描く(はずだった)映画『昴-スバル-』は、徹夜続きで疲れているが、どうしても映画館に出かけたい人にオススメだ。なぜならコレ、最初から最後まで眠ってしまったとしても、まったく損をしない画期的な作品なのである。

寝たきりの弟の病室で、幼い宮本すばるは毎日踊っていた、弟の意識を、命をつなぎとめるために……。やがて成長したスバル(黒木メイサ)は、踊りの師匠でもある日比野五十鈴(桃井かおり)が経営する場末のストリップ劇場"パレ・ガルニエ"で踊っている。それを眺めるのはリズ・パーク(Ara)。のちに上海バレエコンクールで競うことになる、永遠のライバルであった。

曽田正人の原作漫画ファンにとっては、リズ・パークって誰だよオイ状態から始まることうけあいの実写映画版。ローザンヌはどこへ行ってしまったのか。なぜスバルのライバルが韓国人なのか、なぜAraが演じているのか、最後まで見てもさっぱり理解できないという、混乱しすぎてある種のトランス状態に突入できる絶妙のキャスティングである。

このキャラクターが、たどたどしい日本語をしゃべるたび、胸にこみあげてくるものがあるのだが、彼女がスバルに「あナたのバれエは、キホンがなってないワ!」と言ったとたん、とうとう限界がきた。一番なってないのはキミの日本語だよ。

おまけに、天才スバルのライバル役なのに、レオタード姿がとても重そうで、ダンスなどどう見ても無理状態。むしろアマレスでもやっていたほうがよさそうだ。

客を呼べるほどの知名度があるわけでもなし、いったいなぜ彼女がこの映画に出ているのか、つくづくミステリーである。

かといって、黒木メイサのスバルも決して満足できるものではない。美人だがそれだけの話で、そもそも精神の一部がぶっ壊れた天才スバルのイメージとは程遠い。

なお黒木メイサにはダンスの経験があるそうで、3ヶ月以上もバレエの特訓をつんで挑んだという。その努力だけは賞賛するが、今回ばかりは他のスタッフや監督の力が足りなかった。

いや、力というより、バレエに対する認識がそもそも間違っているような気がしてならない。

たとえばボディビルが非ナチュラルの極みだとしたら、バレエとは、ナチュラルな人体の限界を極めるもの。踊る競技の中にヒエラルキーがあるとしたら、間違いなくその最高峰に位置するものだろう。

だから、他のいかなるダンスの経験者とて、バレエばかりは簡単に真似できるものではない。F1レーサーを3ヶ月訓練すれば、そこそこのタクシードライバーにすることは可能だが、その逆が絶対無理であるのと同じだ。

そしてこの作品は、「バレエの天才」の話なのだ。未経験の役者をどうしたところで、まともなバレエシーンなど撮れるはずがないではないか。それでどうやって見せ場を組み立てるというのか。

しかも、黒木メイサの吹き替えをしていると思われるダンサーさえ、どうも動きが未熟に見える。はたしてクラシックバレエの基礎が完璧にできている人を使っていたのかどうか、疑問に思える。

こんなことなら、日本のバレエ界には綺麗どころがたくさんいるのだから、そのうち誰かを口説き落としたほうがよっぽどよかった。私などは上野水香(東京バレエ団)あたりが出てくれたら、と思わず夢想してしまう。

あの美しい甲のラインは、アップにするだけで観客の度肝を抜くだろうし、彼女が踊りながら時折みせる自信に満ち溢れた(女王様のような?)笑顔は、怖いものなしのスバルのキャラクターそのものだ。16歳のスバル役にはちと年齢的に合わないが、黒木メイサだってどうせ高校生には見えないのだから似たようなものだ。

いずれにせよ、こいつをバレエ映画として成立させたいのなら、元から踊れる人に演技をつけたほうがずっといい。バレエも日本語も不自由な役者をつれてくるようでは、本作のオーディションを受けた若きバレリーナたちに申し訳がたつまいよ。



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