『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』65点(100点満点中)
ベンジャミン・バトン 数奇な人生 The Curious Case of Benjamin Button 2009年2月7日(土)より、丸の内ピカデリーにて全国ロードショー 2008年/アメリカ/カラー/167分/配給:ワーナー・ブラザース映画
監督:デビッド・フィンチャー 脚本・映画版原案:エリック・ロス 出演:ブラッド・ピット、ケイト・ブランシェット、タラジ・P・ヘンソン、ジェイソン・フレミング

もし、人生の時間が逆に流れたら?

人生はままならない事の連続だが、この映画の主人公ベンジャミンほど極端な例はない。彼はなんと、80歳の赤ん坊として生まれ、年を経るほどに若返っていく。通常の反対の加齢(減齢?)現象。そんなダークかつファンタジックな架空伝記を見て、観客は何を感じるだろうか。

1918年のニューオーリンズに生まれた赤ん坊ベンジャミンは、老人の風貌をしていた。ショックを受けた父親は、思わず手近な老人養護施設の前にベンジャミンを捨ててしまう。幸いこの子は施設の心ある黒人女性(タラジ・P・ヘンソン)に拾われ、すくすくと育つ。そして驚くべきことに、彼は成長するに従いどんどん若い姿(ブラッド・ピット)に変貌していく。

ベンジャミンが拾われる場面から、早くも涙腺の弱い方は要注意の感動ドラマ。死期の迫った老人たちに囲まれて、施設で育つ幼少時代。これがじつに味わい深い。幼いころから他者の死、あるいは自らの死と間近に接し、育ったベンジャミンは、まるで悟りを開いたように自らの運命を静かに受け入れ、逆らわずに生きていく。

設定から予想されるような悲劇性は薄く、全編に漂う人生の肯定感に心が晴れ晴れとする。なぜだかわからないが、私はこれを見て「明日からは誰よりも早く起きよう」と決意した。たくさんの素晴らしい人、風景が登場し、それらを堪能するベンジャミンを見て、自分もせめて一日でもっとも美しい時間帯に、惰眠をむさぼるのだけはよそうと感じたわけだ。

成長の流れが逆となれば、恋愛だって難しいのではと思うだろう。ベンジャミンは恋する女性(ケイト・ブランシェット)と少女時代(自分は老人)に出会い、やがて老女と少年という関係へと向かっていく。二人の年齢がピタリと合うのはほんのわずかな期間しかない。

この中で、少女だった彼女とひさびさに出会う場面が面白い。すっかりイケイケのティーンエイジャーとなった幼馴染は、たくましい若者へと逆成長したベンジャミンを積極的に誘う。……が、ベンジャミンときたらあまり乗り気でない。

ひさびさに会った幼馴染が淫乱になっていたでござる──というわけで、引いてしまったように見える。ようは精神年齢について、見た目以上にズレがあったというわけで、それがきちっとはまるまでには、まだ時間を要するということだ。ズレ、ピッタリ、そして再びズレ。切なさを感じさせる名場面が連続する。

ケイト・ブランシェットは、幼いころバレエを習っていたそうで、今回のバレリーナ役も違和感なし。一方、ブラッド・ピットとあわせ、両者とも微妙な老け&若返りメイクを多くの場面で施されているが、こちらは最新の映画というのにかなりの違和感。大スターだけに、二人とも強烈なイメージが客の脳内に構築されているから、この手のメイクはなかなか難しい。

こうした特殊撮影の違和感や、ダンスシーンなどの役者の入れ替え、そんな些細な部分がのどに刺さったとげのように、物語への没頭を阻害する。

とはいえ、167分間を一気に見せるデヴィッド・フィンチャー監督の名語り部ぶりは健在。幸せな気持ちになれ、人生をがんばろうという気になれる前向きな一本としてオススメしたい。



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