『007/慰めの報酬』50点(100点満点中)
Quantum of Solace 2009年1月24日(土)より、丸の内ルーブル他全国ロードショー 2008年/アメリカ/カラー/106分/配給:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
監督:マーク・フォースター、脚本:ニール・パーヴィス、ロバート・ウェイド、ポール・ハギス 出演:ダニエル・クレイグ、オルガ・キュリレンコ、マチュー・アマルリック

スッキリしない007最新作

長年続いたシリーズキャラクターが変更になると、何はともあれ当初は批判の嵐となる事が多い。前の人が愛されていた場合はなおさらだ。最近の例を挙げれば、NHK朝の子供番組で、歴代お姉さん史上有数の歌唱力と美貌、そして画力をそなえたはいだしょうこが番組を卒業したときがそうであった。

だが、あれだけ強力な個性の後でありながら、後任の美人音大生は臆することなくフラダンスを踊り、あっさり視聴者の支持を勝ち取った。何事も真摯に打ち込めば、わかってくれる人はいるものなのである。

新ボンドことダニエル・クレイグが、前作「カジノ・ロワイヤル」で抜擢された際も、ジェームズ・ボンドとしてはあまりに異質なその雰囲気に、反対意見が多かった。だが今ではどうか。歴代ボンドの中でも最高とすら言われるほど磐石な人気である。

追っ手からからくも逃げてきたボンド(ダニエル・クレイグ)は事件の真相を暴くため、上司のM(ジュディ・デンチ)とともに敵組織の幹部の尋問を開始する。ところがそこでアクシデントが発生、ボンドは息つくまもなく、新たなる戦いに巻き込まれていく。

前作のラストシーンの直後から物語がはじまる。だから今回のオープニングは、シリーズおなじみの銃口への銃撃もないし、凝ったタイトルロールもなければテーマソングもない。何の前触れも劇伴音楽もなく、異様に緊迫感あふれるカーチェイスから始まる。それはまるで、サビから始まる歌のよう。アストンマーチンが暴れまわるこの場面の出来はすこぶる良く、おのずと期待は高まるのだが……。

アクションが多いと評判のこの新作だが、結局良かったのはこの冒頭のカーチェイスと、あとはイタリアのシエナでロケをした屋根の上を駆け回るスタントシーン。それ以外は、凝っているわりにあまり印象に残らなかった。

定石をはずしすぎて、シリーズの魅力を損ねているのも問題。もともとダニエルボンドはおふざけ無しのシリアス志向で、スパイ映画としてのリアリティ重視。とっぴな発明品に頼る、ドラえもん風味もゼロだ。

そこへきて前作から続くある設定により、今回のボンドは上司のMおばさんにたしなめれるほどにガタガタ。マティーニに酔いつぶれる失態まで見せる。そんなダメボンドだが、やがて似た悩みをもつ女と出会うことで、今回のテーマを鮮明に浮かび上がらせていく形だ。

はっきりいって本作は、前作のコンセプトを引きついでいるように見えるがまるで違う。前回のボンドにはまだイギリス紳士の上品さというか、粋なものが残っていた気がするが、本作にはない。

私はこの煮え切らなさの原因として、監督がドイツ人のマーク・フォースターに変わったことも原因ではないかと思っている。ボンド映画も大作アクションの経験もないこの監督には、しゃれっ気もあまりないようだ。結果として、なんだかボーンアイデンティティーの劣化版のようになってしまっている。

相変わらずボンドの着こなしは美しく、ソリッドのタイを裾フレアなスーツに合わせるコーディネートは惚れ惚れするかっこよさ。その格好でレインジ・ローバーに乗って、パーティーに駆けつけるのだから英国好きにとってはたまらない。

とはいえ、そんなところが見所になってしまう007というのもさびしい限り。音大生の新お姉さんを盛り立てたNHK制作スタッフの努力を見習って、次回作はスッキリと盛り返してほしいものだ。



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