『ラースと、その彼女』85点(100点満点中)
LARS AND THE REAL GIRL 2008年12月20日(土)より、渋谷シネクイント他にてロードショー 2007年/アメリカ/106分/配給:ショウゲート
監督:クレイグ・ギレスピー 脚本:ナンシー・オリバー 出演:ライアン・ゴズリング、エミリー・モーティマー、ポール・シュナイダー、パトリシア・クラークソン
弟がつれてきた恋人は、等身大のリアルドールだった
『ラースと、その彼女』は、リアルドールを恋人だと思い込んでしまった男の物語だ。
私はこの概要だけで興味を引かれた。なにしろ、人間以外の女性に入れ込む男子の多さにかけては、日本はトップクラス。マンガや美少女ゲームの登場人物が非処女と判明しただけで大騒ぎになり、ファンが泣きながらキレてDVDを割り、作者を休載に追い込むような国はほかにないだろう。なにしろあの中国でさえ、世界一のエロ民族は日本人だと一目置くほどだ。
件のリアルドールについても、先日世間を騒がせた事件があった。等身大のいわゆるラブドールと暮らしていた60歳の男性が、処分に困り山中に捨てたという話だ。
ところがあまりに精巧すぎて発見者と警察が仰天、死体遺棄事件と発表してしまったものだから、正直な60歳氏は、騒ぎを収めようと自ら名乗り出るはめに。結果、余計に有名になってしまったという、涙が出るような切ない顛末を迎えた。
そんなわけで日本人としてはどうしても気になる「人形との恋愛もの」『ラースと、その彼女』を、私は大きな期待とともに見に行った。
小さな田舎町。住民みなから慕われる、大人しくて礼儀正しい青年ラース(ライアン・ゴズリング)。兄のガス(ポール・シュナイダー)とその妻カリン(エミリー・モーティマー)が暮らす実家のガレージでひっそり生活する彼をカリンは常に心配し、気にかけている。だから彼がインターネットで知り合った恋人を夕食に招待したいと聞いて、真っ先に喜んだのはカリンだった。ところが当日、ラースがつれてきたのは等身大のリアルドール。ビアンカと呼ぶその人形と、親しげに会話するラースの姿を見て、カリンとガスはただただ衝撃を受けるのだった……。
『ラースと、その彼女』はおちゃらけたコメディではなく、きわめて真摯な人間ドラマだ。トラウマに傷つき、ついに深刻な障害が露呈した主人公。その周辺の人々の狼狽、ショックと、やがてどう対処するかを丁寧に描いていく。
だが、映画自体は決して暗くならず、弱者への心優しい視線とユーモアを決して忘れず、全編居心地のよい空気を提供する。作り手の善意にあふれた2時間を、観客は体験することが出来るだろう。
家族思いの義理の姉カリンのキャラクターがとてもいい。演じるエミリー・モーティマーが、印象深い演技を見せている。特に、かすれた声でラースを叱責するシーンは涙なしには見られない。
家族の恥と観客みなが思うようなこの事件を、彼女と兄はやがてどう解決しようとするか。都会暮らしの長い私などは、そこにまず驚かされた。
その後の展開は、少々うまくいきすぎと感じなくも無いが、見ていてとても幸せに感じられる。とくに教会前で、普段からラースを気にかけていたオバちゃんが怒鳴る台詞が泣かせる。ぜひ映画館で見てほしい。
劇中「造花の美しさは永遠」と語るシーンがあるが、はたしてビアンカは永遠の恋人となるのか。あるいは、ほかに永遠と呼べる何かがあるのか。
多くの示唆に富んだ、優れた脚本である。深く傷ついた経験のある人ならば、いくつものメッセージを感じ取れるだろう。明日を生きる勇気を与えてくれる、文句なしのオススメ品である。