『ブラインドネス』95点(100点満点中)
BLINDNESS 2008年11月22日、丸の内ピカデリー2他全国松竹・東急系にてロードショー 2007年/カナダ・ブラジル・日本/カラー/121分/配給:ギャガ・コミュニケーションズ
監督:フェルナンド・メイレレス 原作:ジョゼ・サラマーゴ 出演:ジュリアン・ムーア、伊勢谷友介、ダニー・グローヴァー、ガエル・ガルシア・ベルナル
全世界が突然失明!?
ここ数ヶ月みた映画の中で、私が最も感動したのはこの『ブラインドネス』であった。カンヌ映画祭で、景気付けのオープニング上映のみならず、本命コンペ部門にも出品されたというだけのことはある。
街のど真ん中で、日本人男性(伊勢谷友介)が運転中の車を急停止させた。彼は、突如として失明してしまったのだ。診断した医師が首をひねる中、世界各地で同様の症状に見舞われる人が続出。この奇病は瞬く間に感染し、政府は患者の緊急強制隔離を敢行する。医師の夫(マーク・ラファロ)が失明した妻(ジュリアン・ムーア)は、夫を支えるため自らも感染したふりをして隔離施設に入所するが、そこはほとんど管理の手が及ばぬ、劣悪な環境だった。
世界中が失明し、人類文明が崩壊していく壮大なスケールのパニック映画。……だが、作品の本質はそこではなく、この寓話的設定が静かに内包するテーマ性の高さにある。
もっとも、単純にエンタテイメントとして見ても抜群に面白い。刑務所のような隔離施設の中にいるのは、突然見えなくなった人々ばかりなので、身の回りの世話すらおぼつかない。外部から差し入れられるわずかな物資をめぐり何がおきるか。その恐ろしい行く末はたやすく想像できるだろう。
そこに一人、見えるものがいる。なぜか病に感染しないジュリアン・ムーアの眼を通して、観客も人間の道徳心、理性が壊れゆくさまを目撃することになる。
目が見えるという、圧倒的なアドバンテージは、肉体的にきわめて脆弱なたった一人の女性が所有する。そのかけがえのない宝物を、いつ失うかもしれない怖さ。J・ムーアの夫に感情移入すると、恐怖は倍増する。
ハリウッドメジャーではなく、独立系の制作作品ではあるが、廃墟のような無人の街なみなどは、予算規模を上回るスケール感。このあたりは、『シティ・オブ・ゴッド』(2002)や『ナイロビの蜂』(2005)で実力を見せ付けたフェルナンド・メイレレス監督ということで、安心して見ていられる。彼は、高い娯楽性と社会性を両立させることのできる、優れた監督のひとりである。
もっとも群集の凶暴性など、いまいち手ぬるい部分もないではない。だが少なくとも、主要なキャストは盲目体験を入念に行うなど、渾身の役作りを行った。
とくに若き夫婦を演じる木村佳乃&伊勢谷友介は、抜群の演技力とルックスで、中心人物としての、しかしでしゃばり過ぎないバランスの取れた存在感を放っている。清楚な和服姿でカンヌに登場した木村佳乃は、とくに現地のマスコミに大人気だったようだ。
全人類が失明の恐怖に陥る『ブラインドネス』は、観客にこう問いかける。「ところで君たちは本当に見えているのかい?」と。
そして映画を見終わったとき、感受性の豊かな観客は大きなショックとともに自省することになる。「俺たちは、一番大切なことが見えていなかったのかもしれない」と。伊勢谷友介が最後にカップの前で言うセリフ。この歴史に残る名演技こそが、それを端的にあらわしている。
あふれんばかりの感動とともに、大事なことに気づかせてくれる『ブラインドネス』を、私はすべての「自分は見えている」と思い込んでいる人、そして「自分は幸福ではない」と感じている人にすすめる。現在のところ、今年の冬の最高傑作である。